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2022年11月13日 (日)

天授庵 紅葉の二庭園

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

南禅寺塔頭の天授庵は紅葉が美しいことで知られています。例年紅葉の季節にはライトアップも行われるのですが、昨年に続いて中止となったようです。

今日は過去の複数の記事を再編集して、紅葉が美しい枯山水庭園と池泉回遊式庭園を紹介います。下はいつも閉まっている正門の脇に「開山大明国師霊光塔」の石標があります。大明国師とは、南禅寺の開山・無関普門のことです。

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「天授庵」は、南北朝時代の暦応2年(1339)に光厳天皇の勅許により虎関師錬(こかんしれん)が南禅寺開山・無関普門(むかんふもん)の塔所として建立されました。無関普門が亡くなってから48年後のことです。

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無関普門は、1281年から東福寺3世として住持を務めていましたが、1291年の南禅寺創建のおりに亀山上皇に開山として招かれました。しかしながら、病にかかり住坊であった東福寺・龍吟庵に移ります。(拝観受付の横に庭園の入口があります。)

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上皇は普門を見舞い、手づから薬湯を与えるなどしましたが、同年龍吟庵で亡くなってしまいます。こうして、東福寺・龍吟庵は無関普門の塔所となりました。(庭の隅に鎮守が祀られています。)

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室町時代になって、南禅寺15世・虎関師練は、南禅寺山内に開山の塔所がないことを遺憾に思い、光厳天皇から塔所建立の勅許を得て天授庵を創建したのです。(方丈前庭が見えています。)

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この地は鎌倉時代に駒大僧正が最勝院を建立した場所でした。駒大僧正の怨念を退治したことが、無関普門が南禅寺の開山に招かれるきっかけでしたので、因縁の場所です。南禅寺の三門が見えます。

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方丈(本堂)は安土桃山時代(1602)に建立され、無関普門禅師等身大の木像(重文)や細川家歴代の位牌書などが納められています。(方丈前庭は11月12日に撮影したものです。)

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その後の天授庵は、何回か火災に遭い、特に応仁の乱(1467-1477)で焼失した後は荒廃してしまいました。(正門の内側)

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安土・桃山時代の1602年、南禅寺226世・玄圃霊三は、荒廃していた天授庵を再興するために、弟子の雲岳霊圭を天授庵主としました。

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この庭は、「淵黙庭」とよばれる枯山水庭園で、鎌倉時代の創建時に造営されたと考えられています。苔で縁取られたひし形の敷石が正門から方丈に続いています。これは近代になって敷かれたものだそうです。

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霊三は、知友の細川幽斎(1534-1610)に援助を求め、方丈、正門、旧書院、塔などが再興されました。それ以降、幽斎の廟所が造られるなど、細川家ゆかりの寺院となりました。

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細川幽斎(1534-1610)は戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名で、当初は足利氏に仕え、後に織田信長のもとで大名となりました。

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方丈前庭の南にある石畳は江戸時代(1610)に造られ、幽斎夫婦の墓所に向かいます。

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方丈の南に回ると、第二の庭園の入口があります。

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「書院南庭」は、鎌倉時代末から南北朝時代にかけて造られた池泉回遊式庭園で、天授庵創建当時の面影を残しているといわれています。こちらは主として11月15日の撮影です。

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書院南庭には小さい東池と大きな西池があり、こちらの東池の滝や出島には作庭当時の石組みが残されているそうです。

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*記事の最後にある「お願い」をよろしく。

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東池には散紅葉が浮かんでいました。

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西池に来ました。散策路はこの池の周囲を右回りに巡ります。

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池の南は竹林になっています。

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西池の南に来ました。

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西池の北側には一面に散紅葉が浮かんでいます。

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書院の西にも出入り口がありますが、この日は引き返すようになっていました。

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帰りは西池の北を通ります。池の向こう(南)の竹林が見えます。

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こちらの池には楓の葉だけでなく黄葉も浮かんでいます。

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ここで、ご参考にライトアップの写真も紹介します。11月25日の撮影です。

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来年こそはライトアップが見られるといいですね。

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拝観入口に戻って来ました。正面に庫裏があります。

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ここから書院越しにその南庭が見えます。最後の写真は書院南庭の入口から。

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コメント

今度は第8浪が来つつあるようですが、
対応は全く変わってないようで、ますますしんどいですよね。
日本は、このまま衰退していくのかもしれません。
食べる物がなくなってから騒ぎ出すのでしょうか。
少なくとも世界に取り残されているのは、既に明白ですが、
はたしてどうなることやら。

投稿: munixyu | 2022年11月13日 (日) 16:22

★munixyuさん こんばんは♪
アメリカのように、移民を受け入れるしかないのかも知れませんね。人口が急激に減っては全てのことがうまくいかない気がします。

投稿: りせ | 2022年11月17日 (木) 01:07

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