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2022年9月19日 (月)

上善寺(今出川) 秋の境内

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

千本今出川の交差点から少し西に行くと上善寺の山門があります。「上善寺」は山号を千松山(せんしょうざん)という天台真盛宗の寺院です。観光寺院ではありませんが、自由に境内を見学できます。

上善寺の創建は古く、平安時代の863年、慈覚大師円仁により天台密教の道場としてこのあたりに創建され、最盛期には塔頭13院を有したといわれます。その後、何度も火災により焼失、衰退しました。(参道左に「大師堂」があります。)

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左から「元三大師」、「大黒天」、「毘沙門天」を祀っています。元三大師は慈恵大師良源のことで、命日が正月の3日であることからこの名で呼ばれています。

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室町時代の文明年間(1469-1487)、春谷盛信により天台宗の不断念仏道場として再興、寺名を「上善寺」としました。「庫裏」、手前の花は「フイリヤブラン」?

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後土御門天皇(1442-1500)の勅願寺となり、後柏原天皇(1464-1526)が授戒し、山号「千松山」の勅額を賜りました。(本堂には阿弥陀如来を祀ります、)

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安土桃山時代の1594年、豊臣秀吉の都市改造により鞍馬口に替地移転となりました。移転した寺は、浄土宗の鞍馬口上善寺として寺町の北端に現存しています。

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その後、現在地にも上善寺が再建されて、江戸時代の寛文年間(1661-1673)天台真盛宗に改められました。「高倉稲荷大明神」

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境内の北にある墓地には、『仮名手本忠臣蔵』に登場するお軽(おかる)のモデルとされる、寺町二条の二文字屋の娘の墓があります。娘は山科の大石良雄に仕えたといいます。芝居ではお軽と赤穂藩に仕えた武士・勘平との恋物語が色を添えています。

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墓地の手前の蔵のような建物(地蔵堂)に、「火除け地蔵」が祀られています。

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歌碑がありました。八詠子「京 近江 紅葉に染まり 旅二日」 作者の八詠子は分かりませんでしたが、紅葉の頃に京都と近江を二日で回るというのは、関西(神戸以西)の方ではないかと思っています。お寺に所縁の方かも知れません。

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この寺は、秀吉の寺町への配置換えにもかかわらず、元の地にも寺を再興した珍しい例です。

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コメント

フイリヤブランは、ヤフー検索しましたが、
葉の両端に線が入ってるので、わからないとしか言えません。
これもまた、今のところ名前がわからない植物なのかも。
うーん・・・難しい。

投稿: munixyu | 2022年9月19日 (月) 18:46

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