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2022年9月 7日 (水)

初秋の浄瑠璃寺

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※写真は全てクリックで拡大します。

「浄瑠璃寺」は 山号を小田原山という真言律宗の寺院です。この寺は東の薬師仏をまつる三重塔と西の九体阿弥陀堂の二つの伽藍から成り立っています。最後に特別公開のお知らせがあります。

浄瑠璃寺は京都府と奈良県の県境の、旧当尾村地区(当尾の里)、現在の都府木津川市加茂町西小札場に位置し、当尾石仏群と呼ばれる、鎌倉時代にさかのぼる石仏、石塔などが点在しています。「名勝・・・浄瑠璃寺境内」と読めます。

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寺名は創建時の本尊の薬師仏の浄土である「浄瑠璃世界」からつけられました。薬師仏は東方浄土の教主で、現実の苦悩を救い、西方浄土へ送り出す遣送仏です。阿弥陀仏は西方未来の理想郷である楽土へ迎えてくれる来迎仏です。

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浄瑠璃寺といえば、掘辰雄の『浄瑠璃寺の春』を教科書で習ったことを思い出します。今は馬酔木(あしび)の季節ではなく参道には萩とコスモスが迎えてくれました。

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寺に伝わる『流記事』によると、浄瑠璃寺の創建は永承2年(1047)義明上人により本堂が建立され、檀那は阿知山大夫重頼であったとされます。この二人については他の資料はほとんどないそうです。「山門」

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それから60年後の嘉承2年(1107)本仏の薬師如来を「西堂」に移したとの記録があります。この時に旧本堂を取り壊して、そこに新本堂を建立し、翌年に仏像の開眼供養をしたとの説明があります。お迎えはニャンちゃんたちです。

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さらに、50年後の保元2年(1157)には本堂を西岸に移築したとの記録があります。すなわち、この本堂が現存する九体阿弥陀堂で、当初の本尊・薬師仏に加えて開眼供養した仏像が九体阿弥陀如来像と考えられています。「九体阿弥陀堂」

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その後浄瑠璃寺は建造物が増えてゆきます。久安2年(1146)食堂と釜屋を建設、6年に摂政藤原忠通の子の覚継(のちの恵心)が寺を整備する際に池を築造しました、

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「九体阿弥陀如来像」(国宝) 西の本尊で未熟な私達を理想の未来へ迎えてくださる如来です。『観無量寿経』にある「九品往生」(くぼんおうじょう)を表す九つの如来で、現存する全国で唯一の九体阿弥陀仏です。

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人間の努力や心がけなど、いろいろな条件で下品下生(げぼんげしょう)からはじまり、下の中、下の上と最高の上品上生まで九つの往生の段階があり、それぞれに九つの如来が導いてくれます。

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「吉祥天女像」(重文)鎌倉時代の作で、周囲の厨子絵は復元。五穀豊穣、天下泰平。豊かな暮らしと平和を授ける幸福の女神吉祥天です。

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本堂の横にも多くの石仏が置かれています。

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「九体阿弥陀堂」(国宝)藤原時代 当時京都を中心に競って建立された九体阿弥陀仏をまつるための横長の堂で、こちらも現存する唯一ものです。檜の寄木造で、漆箔が施されています。此岸(対岸)から見た彼岸の阿弥陀堂。

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太陽の沈む西方浄土へ迎えてくれる阿弥陀仏を西に向かって拝めるように東向きにし、前に浄土の池を置き、対岸から文字通り彼岸に来迎物を拝む形にしたもの。

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NHKで夜に堂内に灯りがともり「阿字池」に美しく九体阿弥陀堂がライトアップされる映像が放送されるたびに、お寺に電話がかかってくるそうです。本堂と三重塔の前(池の両岸)にある二基の石燈籠(重文)は南北朝時代、下は阿弥陀堂前の石燈籠。

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奥様のお話では、檀家の方を年に一度夜にお招きする事はあるそうですが、お彼岸だとも日にちは決まってないそうですから、一般には見ることは出来ないようです。下は東岸(三重塔前)の石燈籠。

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阿字池を半周して三重塔の方へ向かいます。

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「阿字池」 三重塔側の上から見た形 が、「梵字種字(しゅじ)の阿(あ)」の字を形作っているので「阿字池」(あじいけ)と呼ばれています。中の島北端の石組は近年の発掘調査で復元されました。

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左が東方の三重塔、太陽の昇る東方にある浄土(浄瑠璃浄土)の薬師如来を祀ります。右の中の島の祠には弁財天が祀られています。

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鎮守跡だと思います。

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しばらく林の中を歩きます。

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三重塔が見えてきました。「三重塔」(国宝) 平安時代末の治承2年(1178)京都一条大宮から移されて来たもの。

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初層内には柱がなく、扉の釈迦八相、四隅の十六羅漢図などと、装飾模様で壁面が埋められています。心柱は初層の天井から立てられ、初層内部に仏壇を置きその上に薬師如来像(重文、秘仏)が安置されました。

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中世から近世にかけて浄瑠璃寺は興福寺一乗院の末寺でしたが、明治初期、廃仏毀釈の混乱期に真言律宗に転じて、奈良・西大寺の末寺となりました。昭和60年(1985)に国の特別名勝に指定されています。

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毎月8日と、正月三が日、春分、秋分の日に国宝の三重塔が開扉され、薬師如来坐像が特別公開されます。また、10月1日~11月30日の期間、九体阿弥陀堂内の厨子にまつられている秘仏吉祥天女像(重文)が特別開扉されます。

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コメント

九体阿弥陀堂のライトアップは綺麗でしょうね。
お寺に電話がかかってくるのも、分かる気がします。

投稿: munixyu | 2022年9月 7日 (水) 17:23

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