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2022年9月20日 (火)

浄土院と護念寺 向かい合う尼寺

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の千本今出川・上善寺の西隣に浄土院があります。いつも門を閉ざしていますが由緒のある尼寺です。そして、今出川通を挟んだ向かいにもう一つの尼寺・護念寺があります。

「浄土院」の創建は古く平安時代の藤原期(894-1285)の末、宗印が開基となり般舟院(はんじゅういん)の隠居所として創建されたといいます。

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安土桃山時代の1587年、豊臣秀吉が北野大茶会の際に立ち寄り、茶を求めました。住職がお茶を出すと、秀吉は何杯も欲しがりました。住職は大茶人とされる秀吉に下手に茶を出すと恥をかくと思い、寺に湧く銀水を沸かした白湯ばかりを出し続けました。

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秀吉は、白湯が続くことに驚きましたがすぐに住職の意図が分かり、「お茶をくれん 湯たくさん茶くれん」といい、「湯沢山茶くれん寺」と名付けました。以後、これが寺の通称となったといいます。

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江戸時代末の1840年頃に黒谷本山の末寺の尼寺となり、昭和27年(1952)浄土宗本派となりました。本尊は阿弥陀如来坐像で、京の通称寺霊場6番「湯沢山茶くれん寺」です。

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名水の湧いた井戸は現存しますが、水はすでに涸れているそうです。もしかしたら、山門から見える祠の下かも知れません。

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本堂の屋根に、陶製の「寒山拾得像」が載っていて、右の寒山は経巻、左の拾得は箒を持っています。安土桃山時代の陶工・長次郎(1516-1592)の作といわれています。寒山と拾得は中国・唐の伝説の詩人・僧侶です。

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長次郎は京都に生まれ、千利休の指導により侘茶に適した鉛釉のかかる黒楽や赤楽茶碗を制作しました。秀吉に愛されて聚楽第内の窯でも製陶、聚楽焼とも呼ばれました。「聚楽茶碗」を略して「楽茶碗」と称し、楽焼の祖となりました。

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「楽」姓を賜り、千家十職の一つ楽家の初代となりました。代表作は、利休が所持した「長次郎七種茶碗」だそうです。香炉、皿、焙烙(ほうろく)や飾瓦なども焼き、これらの像は秀吉ゆかりの当寺に奉納されたものだと思われます。

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下は南禅寺の「寒山拾得像」 寒山と拾得は共に風狂に徹し、ユーモラスな二人は人々に親しまれたと伝えられています。本坊の「寒山拾得之間」にあります。

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今出川通をはさんだ向かいに、もう一つの尼寺があります。

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「護念寺」は、浄土宗知恩院派の寺院で、京都尼寺五山の一つです。京都(寺)尼五山(他に景愛寺・檀林寺・恵林寺・通玄寺)」は南北朝時代には既に存在していたようです。

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天台宗の僧侶・護念が開基と伝えられ、寺名ともなっていて当初は禅宗寺院でした。

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山門を入って境内まで進むと、右手に地蔵堂があり、極彩色の美しい延命地蔵菩薩が安置されています。

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幕末の慶応年間(1865-1868)に流行した地蔵信仰の「摺(すり)袈裟」をまとっています。摺袈裟とは、仏を表す梵字や仏の功徳を説いた言葉「陀羅尼」が刷られている袈裟です。洛陽延命六地蔵巡りの一つ。

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地蔵堂の前に「平和観音」があります。第2次大戦中、京都は数回米軍の空爆にあいました。一番被害が大きかったのが、昭和20年6月26日の西陣聚楽第跡周辺で、死者50名、負傷者66名、被害家屋292棟だったそうです。

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空爆で大人も幼子も犠牲となった惨事を目の当たりにした一女性が、犠牲者を供養し未来永劫に平和が続くことを祈願して、この像を建立したそうです。

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本堂には本尊・阿弥陀如来を祀っています。毎年秋(10月)に行われる「浄土宗寺院特別大公開」(浄土宗京都教区)で、2018年に特別公開されました。本尊阿弥陀如来や延命地蔵菩薩拝尊、御朱印も頂けたようです。

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今年も10月1日~29日の期間、京都浄土宗寺院特別大公開が行われれ、48ヵ寺がエントリーしているそうです(情報は別の機会に)。先ほど訪れた浄土院の山門が正面に見えます。

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コメント

湯沢山茶くれん寺。
権力のある人の言葉というのは、偉大というか、
やっぱり凄いものですよね。言葉1つで寺の名前になったりするわけで。

投稿: munixyu | 2022年9月20日 (火) 16:23

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