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2022年8月14日 (日)

東大谷万灯会

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

新型コロナの流行にも負けず、今年も東大谷万灯会が例年通り8月14日~16日に開催されます。真夏のお盆参りを少しでも涼しい夜間に参拝できるよう、参拝者の足元を照らす提灯を境内にともしたことがはじまりで、今年で61回目だそうです。

この日は夕方激しい雨が降り、石畳の道はかなり濡れています。八坂神社の石鳥居の前の下河原通に大谷祖廟の参道入口があります。

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以前の記事を補足・再編集しています。下は看板の地図で左が北です。以下の文章で🔲の部分は今年の情報です。

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「大谷祖廟」は、浄土真宗の宗祖親鸞聖人の墓所で、真宗大谷派(東本願寺)の飛地境内地です。単に東大谷という場合もあります。(しばらく歩くと参道はねねの道と交差します。)

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暗くて分かり難いのですが、「総門」(表唐門)です。今まで、1857年頃に本山から移築されたと考えられていましたが、2010年の修復工事により棟札が出てきて、文久2年(1862)に新築されたことが明らかになりました。

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ここには広大な「東大谷墓地」があります。お盆の時期(8月14日~16日)、境内に約1万個の提灯に火が点されます。山門をくぐり少し坂道を上ると、参道は右に曲がり南門まで続きます。

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鎌倉時代、親鸞聖人(1173-1263)が亡くなると、鳥辺野北辺の都の共同墓地があった「大谷」の地に葬られました。

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その10年後、親鸞の末娘・覚信(1224-1283)は、門弟の協力を得て吉水の北辺に改葬して、六角堂の廟所(大谷廟堂)を建て御影像を安置しました。(茶所・大谷祖廟事務所、🔲小提灯、子ども手提げ提灯の受付、午後6時から子供紙芝居があります)

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3世・覚如(1271-1351)のとき、廟堂は寺院・専修寺となりましたが、後に本願寺と改称されました。斜面の上にある本堂へ道が分かれています。

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「本堂」は元禄14年(1701)に建立され、本尊は快慶の作、親鸞の御影は正面から描かれ「真向きの御影」と呼ばれています。🔲万灯会の期間中、午後7時から松井憲一 氏(元大谷大学非常勤講師・道光舎舎主)の法要があります。

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その後、延暦寺との関係で本願寺は移転を余儀なくされ、石山にあったとき本願寺と織田信長との戦いが起こります。11年にわたる石山戦争のあと、顕如(けんにょ)上人は和睦して石山本願寺を退去しました。

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顕如上人は信長の死後豊臣秀吉により、それに反対した教如上人は関ヶ原の戦いの後徳川家康の支援によって、それぞれ京都に本願寺を再建、西と東の本願寺が分立することになりました。(本堂前の参道から、さらに上に石段続いています。)

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「御廟」には親鸞聖人の遺骨とともに、東本願寺歴代や門徒の遺骨を安置しています。下はその拝所。🔲花文字(供えられた仏花を用いて花文字として再荘厳し、仏教のことばを紹介しています。)

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家康の支援によって創建された東本願寺(真宗本廟)は、当初西大谷にありました。1670年に現在地の東大谷に廟堂が建造され、親鸞や教如の遺骨が遷されました。

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1745年に8代将軍・徳川吉宗より一万坪の寄進を受け、祖廟が完成しました。当時は大谷御坊と呼ばれていましたが、昭和56年(1981)に大谷祖廟という名称になりました。もう一度、御廟から降りて南門に向かいます。

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ところで、親鸞聖人は60歳ころ関東から京都に戻ってきたといわれます。そして、弟子や仲間に手紙や書物を送りながら、主書の教行信証を書き続けて90歳の生涯を終えました。(南門を出ると東大谷墓地の入口があります。)

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教行信証の親鸞真跡本は、門弟の性信を開基とする坂東報恩寺が蔵していたことから「坂東本」と呼ばれます。しかし、関東大震災で報恩寺より託された浅草別院が、坂東本を収蔵した金庫もろとも火災で焼かれてしまいました。

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焼け残った金庫が自然に冷めるまで待って開けた判断が正しく、坂東本は焼失を免れました。以後「坂東本」は東本願寺に託され、昭和27年国宝に指定されました。最晩年まで推敲したと考えられ、朱筆や墨で加筆した跡が随所に見られるそうです。

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🔲東大谷墓地事務所(南門横)で午後8時まで供物(槙・線香・ロウソク・法名板)の販売があります。(ここから、引き返します。)

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🔲小提灯の献灯は大谷祖廟事務所・東大谷墓地事務所で6月1日(水)~8月16日(火)の期間、子ども手提げ提灯は8月9日(火)~16日(火)の期間受け付けています。小提灯は8月9日より設置、各自で設置する場合は8月9日以降にお願いしています。

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🔲このあたりの子供提灯は大谷保育協会京都支部加盟園の園児が書いたものです。ちなみに、上の地図で東大谷墓地事務所から下(西)に行く道は、料亭・菊乃井を通って昨日の記事の大雲院に至ります。

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コメント

涼しさがあっていいものですよね。
withコロナというより、だんだんコロナに負けないで、
という雰囲気になってきましたね。
もうそろそろ、出口が見えてくるのかもしれません。
なんとなくそんな気がします。

投稿: munixyu | 2022年8月14日 (日) 18:19

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