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2022年6月16日 (木)

京の名水めぐり 西山の水(その3)

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京の名水めぐりの続きです。題名は西山の水となっていますが、烏丸通あたりから西にある名水(あるいはその旧跡)を紹介します。

今出川通千本西入るにある「浄土院」はいつも門を閉ざしていますが由緒のある尼寺です。その創建は古く平安時代の藤原期(894-1285)の末、宗印が開基となり般舟院(はんじゅういん)の隠居所として創建されたといいます。

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安土桃山時代の1587年、豊臣秀吉が北野大茶会の際に立ち寄り茶を求めました。住職がお茶を出すと、秀吉は何杯も欲しがりました。住職は大茶人とされる秀吉に下手に茶を出すと恥をかくと思い、寺に湧く「銀水」を沸かした白湯ばかりを出し続けました。

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秀吉は、白湯が続くことに驚きましたがすぐに住職の意図が分かり、「お茶をくれん 湯たくさん茶くれん」といい、「湯沢山茶くれん寺」と名付けました。以後、これが寺の通称となったといいます。

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江戸時代末の1840年頃に黒谷本山の末寺の尼寺となり、昭和27年(1952)浄土宗本派となりました。名水の湧いた井戸は現存しますが、水はすでに涸れているそうです。もしかしたら、山門から見える祠の下かも知れません。

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京都御苑の西部にある「宮内庁京都事務所」、この裏に「御所三名水」の一つ「縣(あがた)井」があります。地方官吏として出世を願うものたちは、そばにあった縣宮(あがたのみや)神社に祈願して、

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井戸の水で身を清めて宮中に上がったと伝えられています。そのため、正月に諸国の国司など地方官を任命した宮廷で年中行事は「縣召しの除目」(縣宮に召された人たちの任命式)と呼ばれるようになりました。

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明治以前は五摂家の一つ一條家の邸内にあり、明治天皇皇后の産湯に用いられたといいます。大和物語では病気を治す水とされ、後鳥羽上皇は井戸の周辺に咲く山吹を歌に詠んでいるそうです。

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「水火天満宮」平安時代の923年醍醐天皇の勅願により、都の水害・火災を鎮めるために延暦寺の法性坊尊意僧正によって菅原道真の神霊を勧請したのが始まりです。当初は西陣下り松の地の僧正の別邸に祀られました。堀川通紫明下がるにあります。

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道真の没後20年目に朝廷は道真の左遷を撤回して官位を戻して正二位を贈り、道真の罪を赦し子供らの流罪も解きました。この年、後醍醐天皇から「水火の社天満自在天神宮」という神号を授かり創建されたのがこの神社です。「手水舎」

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「金龍水」という銘がある都名水の一つがあります。どんな旱(ひでり)の際も渇水したことがなく、濁ることもなく水質良好の湧水だったそうです。また「眼疾を煩う人、この清水の奇篤によって平癒した人多くあり」と伝わります。

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八条通と壬生通の交差点北西に「六孫王神社」あり、清和源氏の祖と仰がれる六孫王源経基を祀る神社です。経基は清和天皇の第6皇子・貞純(さだずみ)親王の第1子として生まれ、六男の六と天皇の孫ということで六孫王と呼ばれていました。

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15才で元服、源の姓を賜わり臣籍降下しました。皇族にはもともと姓がなく、皇室から離れる際に初めて姓を賜わり天皇の臣下となります。(壬生通に面する東の鳥居から本殿に参道が続いています。)

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六孫王の子・源満仲(みつなか)が平安時代中期の応和年間(961-963)遺骸を当地に埋葬、その前に社殿を築いたのが六孫王神社の始まりとされます。(参道の右に鳥居があります。)

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参道の右に鳥居があり、琵琶湖の竹生島より勧請した弁財天が祀られています。「誕生水弁財天」とも呼ばれ、商売繁盛、病平癒の信仰があります。6月13日に開帳されるそうです。

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弁天堂内には「六孫王誕生水(満仲の誕生水)」、「児ノ水」があり、産湯に使用したといわれています。「京都七つ井」の一つの名水とされています。

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神社の北にある「児水(ちごすい)不動明王」 かっては六孫王神社の境内にあったそうですが、現在は東海道新幹線とJR在来線の間にあります。向うに見える小さな祠です。

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鎌倉幕府3代将軍・源実朝の妻・本覚尼(ほんがくに)が、暗殺された夫を弔うためにこの場所に遍照心院(大通寺)を建立、六孫王神社はその鎮守社となったようです。

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祠中央の一段低い場所にある不動明王の脇から、眼病平癒のご利益で名高い名水「児の水(ちごのみず)」が湧き出ています。大通寺の門前にあったので「尼寺の水」とも称されるそうです。

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JR建設のため大通寺は西九条に移転、六孫王神社は少し南に移転しました。後に新幹線工事のために六孫王神社の境内の北はさらに削られました。

源義家・頼光・頼政・木曽義仲・頼朝・実朝なども六孫王の子孫で、清和源氏と呼ばれます。六孫王神社の参道の橋の上から本殿の前の「唐門」(市指定文化財)が見えます。

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コメント

これだけたくさん湧き水があると、
何処の湧き水が一番美味しいのかが、気になります。
湧き水の飲み比べなんかも、やってみると面白いかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2022年6月16日 (木) 19:49

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