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2022年6月 6日 (月)

水の神・高龗神の謎

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事にも出てきましたが、高龗神(たかおかみのかみ)は貴船(きふね)神社の祭神で、水を司る神です。今日は、この神の正体とそれを祀る京都各地の神社を紹介します。最初は貴船神社の七夕風景です。

上は貴船神社・本宮の二の鳥居が。一の鳥居は川を下った叡電・貴船口駅の近くにあります。

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「貴船神社」は旧官幣中社で、神社本庁の別表神社、全国に約500社ある貴船神社の総本社です。別表神社とはかっての官幣社や一部の大神社で特別な「役職員進退に関する規程」が設けられた神社です。

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創建の年代は不詳です。社伝では反正(はんぜい)天皇の時代、神武天皇の母である玉依姫命(たまよりひめみこと)が出現して、黄色い船に乗って浪花から淀川・鴨川・貴船川を遡って、当地に水神を祀ったのに始まると伝えています。(境内には七夕飾りが)

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本宮・本殿に祀られている高龗神は貴船大神ともよばれ、記紀にその誕生神話が記されています。『古事記』では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の夫婦神は、天照大神を始め様々な神を生みました。

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しかし、伊弉冉尊は最後に火の神を生んだとき焼かれて死んでしまいました。怒った伊弉諾尊が腰の十握剣で火の神を斬ると、流れ出る血の雫のそれぞれから神が誕生しました。剣の柄(つか)に溜まり指の間から漏れ溜まった血が闇龗(くらおかみ)となりました。

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一方、『日本書紀』では、斬られた火の神は三つに分断され、雷の神、大山祇神(おおやまづみのかみ)、高龗となったと書かれています。「高」は山峰、「闇」は谷を意味するという説もありますが、社伝では高龗と闇龗は名は違うが同じ神だとされています。

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林羅山の『本朝神社考』や卜部兼方の『釈日本紀』によると、この「おかみ」という字は、龍蛇の類(たぐい)とされ、水を司るという龍神の一種と考えられるそうです。

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「水占(みずうら)みくじ」 山からご神水が引かれ、齋庭(ゆにわ)と呼ばれる遣水におみくじを浮かべると文字が現れます。このおみくじには「大凶」が出ることもあるそうです。最近では下鴨神社や北野天満宮でも同様の水みくじを始めましたが、こちらが「本家」です。

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平安時代前期の嵯峨天皇の時代、弘仁9年(818)日照りの際に朝廷より奉幣使が遣わされ、以後雨止には白馬を、雨乞いには黒馬を奉納する祈雨神事が始まったとされます。後に、亀山上皇は国事多難克服、後奈良天皇は疫病流行の厄払い祈祷を行いました。

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ときには、高価な生きた馬の代わりに、馬の絵を描いた「板立馬(いたたてうま)」が願掛け馬として奉納されました。それが、絵馬を奉納する習わしの始まりとされています。本殿の横には奉納された白と黒の神馬像があります。

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凶作や国家の大事の際には必ず朝廷から勅使が使わされ、その数、数百回に及んだといわれます。近年でも大正13年天皇陛下病気平癒祈願の皇后陛下を始め、昭和54、57年、平成2、3、24年にも皇室の参拝があったそうです。

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また、水に関係する水道、料理飲食、菓子製造、染織、浴場などの生業に従事する方々や、消防士や海上自衛官なども参拝に訪れるそうです。

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貴船神社の奥宮には祭神として本宮と同じ、高龗神を祀っています。また、社伝伝記によると、闇龗神(くらおかみのかみ)と玉依姫命も併せ祀っているとされます。

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上賀茂神社の楼門の右を行ったところに摂社「新宮神社」(重文、貴布禰神社とも)があり、高龗神を祀ります。江戸時代まで貴船神社は上賀茂神社の境外摂社でしたが、貴船川の洪水や冬の雪で参拝ができなくなったのでここに祀られるようになりました。

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昨日の記事のように下鴨神社の第一摂社・河合神社本殿の玉垣内に摂社「貴布禰神社」があり、古くから境内に祀られていたとされます。

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吉田神社の本殿前の広場の高台にある摂社「神楽岡社」 大雷神(おおいかづちのかみ)、大山祇神、高龗神を祀ります。水を司り、雷除け、神楽岡地主の神として信仰されてきました。延喜式にも記され、吉田神社本宮創建の頃には既に鎮座していました。

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銀閣寺の山門を左にいった突き当りの「八神社」、一時期この神社は吉田神社を通じて皇室の祭祀が行われたと考えられます。本殿への石段の途中に末社の「雨社」があり、山林や水を司る高龗神を祀ります。

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北野天満宮の本殿左手にある「八社」左から荒神社(火と台所の守護)、貴布禰社(高龗神、水の守護や運気発祥)、今雄社(仕事の守護)、早取社(災難厄除け)、御霊社(開運招福)、安麻神社(悩み事・憂い事の救済)、高千穂社(五穀豊穣)、福部社(金運) 。

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「大将軍神社」の創建は平安京以前の推古17年(609)、西賀茂の産土神(うぶすながみ)として祀られてきたとされます。また、平安京遷都(794年)の際に、王城鎮護のため都の四方に大将軍が祀られ、当社は北を守る神となったとみられています。

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本殿の「東側末社群」 右から稲荷神社(宇気母智神、うけもちのかみ)、貴船神社(高龗神)、片岡神社(事代主神、ことしろぬしのかみ)を祀っています。

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「石清水八幡宮」 平安時代初めの貞観元年(859)、南都(奈良)大安寺の僧・行教和尚は豊前国(大分県)宇佐八幡宮にこもり日夜熱心に祈祷をしていると、「お前の祈祷に感服した。だまっておけないので、都の近くに出かけて国家を鎮護しよう。」と神託がありました。

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行教が平安京に向かう途中の山崎離宮(大山崎町)で、再び「王城鎮護のため、男山に祀るように」と神託がありました。このご神託を朝廷に報告すると、時の清和天皇は男山に八幡宮の創建を命じました。

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本殿回廊の裏、左は龍田社(級津彦命、級津媛命)、この2神は伊弉諾尊と伊弉冉尊が生み出した風の神、右が貴船社(高龗神)です。高龗神の多くは、朝廷とゆかりのある神社に祀られていることが分かります。

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コメント

そう言えば、来月はもう七夕なんですよね。
コロナ禍3回目の七夕。
コロナ収束の願いは、いつ叶うのか・・・。
今年もコロナ収束を願うばかりです。

投稿: munixyu | 2022年6月 6日 (月) 18:05

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