« 三宅八幡宮 鳩づくしの境内と小野妹子 | トップページ | 延暦寺 文殊楼から阿弥陀堂へ »

2022年5月 9日 (月)

延暦寺 大講堂から根本中堂へ

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

Anb_8098a
※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の続きで、シャトルバスで西塔から東塔に来ました。上の「登叡成佛」の石碑は、延暦寺の開山・最澄の直筆が四国の石に刻まれたもので「比叡山に一歩踏み入れただけで成仏に一歩近づく」という意味だそうです。

下は天台宗の公式キャラクター「しょうぐうさん」、不思議な法力を持っていて、私たちが生きていく中で感じた疑問や迷い、不安などを取り除き、人生の道しるべ的な役割をはたしてくださるそうです。

Anb_8102a

「元亀の兵乱殉難者鎮魂塚」元亀2年(1571)の信長の比叡山焼討ちで犠牲となった僧俗二千余名に加え、信長軍の戦没者と10年後の本能寺の変で死んだ信長の霊にも恩讐を超え追善供養しています。塚は平成4年に建立。

Anb_8105a

拝観入口を入ったところにある「国宝殿」、4月23日(土)~6月19日(日)の期間、春季企画展「曼荼羅と修法」が行われています。両界曼荼羅を始めとした種々の曼荼羅や、密教経典、密教法具を紹介しています。

Anb_8117a

しょうぐうさんは大人気で、あちこちでカメラを向けられていました。名前は、下にでてくる「一隅を照らそう」が由来だと思われます。 」

Anb_8124a

坂を登ったところに伝教大師の教えの「一隅を照らそう」という石碑。「人は懸命に生きれば一隅を照らすことができ、それが集まれば世が明るく照らされる。個々が今できることを一生懸命がんばろう」という意味だそうです。

Anb_8126a

「大講堂」 昭和39年(1964)に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。講堂とは、僧侶が法華経の講義を聞いたり、お互いに問答をして勉強する学問修行の道場です。

Anb_8137a

本尊は大日如来で、その左右には比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祀られています。この日は思ったより大勢の方が東塔地域を訪れていました。

Anb_8138a

大講堂の横、裏にまわると重要な二つの建物があります。

Anb_8147a

「前唐院」平安時代に創建され、唐から来日した僧や帰国した僧の住居でしたが、後に唐院(後唐院)が建立されたため、こちらは前唐院と呼ばれます。お祀りしている慈覚大師円仁を偲ぶ華芳会が催されます。

Anb_8151a

「瑞雲院(法華三昧道場)」かつては教光坊と呼ばれ、江戸時代に再興されて瑞雲院と改称されました。現在の建物は昭和48年(1973)再建されたもので、法華経を論じる大講堂の政所となっています。

Anb_8154a

「世界平和の鐘」 延暦寺では毎年8月に宗教宗派の壁を超えて世界平和を祈る「比叡山宗教サミット」が行われ、賛同する全国の寺院教会とともに式典の開始時刻に「平和の鐘」が鳴らされます。通常は誰でも撞くことができます。

Anb_8159a

鐘楼の横の石段を下ると、木の間から大津方面が見え、途中に「登天天満宮」があります。大宰府に左遷させられた菅原道真は都を恋い焦がれるあまり、死後に怨霊となって天変地異が相次ぎ、人々は怨霊を恐れました。

Anb_8164a

怨霊は、比叡山の法力に優れた尊意和尚(後の天台座主)が怨霊を封じようとするところに襲い掛かりました。しかし、和尚の説法に悔い改め、自分を祈るものは災厄から逃れると約束して、十一面観音になって天に上ったという言い伝えがあります。

Anb_8170a

「奉納牛像」奉納した福田海(ふくでんかい)は、霊場旧跡の復興、無縁仏の祭祀、池溝のしゅんせつなどの奉仕をする宗教法人です。開祖・中山通幽は、神仏分離令後の困窮した延暦寺に不滅の法灯の種油を自ら背負って寄進し続けました。

Anb_8172a

その縁によって、明治31年に不滅の法灯は福田海に分灯されたそうです。延暦寺では東塔・西塔・横川にそれぞれ中心となる仏堂「中堂」があり、根本中堂はその最大の仏堂で延暦寺の総本堂です。

Anb_8192a

伝教大師最澄が延暦7年(788)に創建した一乗止観院が元で、その後何回も災害に遭い復興の度に規模も大きくなりました。現在の姿は徳川家光の命で寛永19年(1642)に竣工したものです。内部は撮影できません。

Anb_8196a

平成28年度(2016)から約10年かけて、屋根の葺き替え、建物各部の塗装、彩色の洗浄・剥落止、柱・軒周り・床下の木部修理、飾り金具の修理などの大改修が行われています。

Anb_8201a

本尊の前には1200年間灯り続けている「不滅の法灯」が安置され、工事中でも参拝することができます。向かいにある石段の上には「文殊楼」があり、右の建物では御朱印が頂けます。

Anb_8204a

左は「伝教大師童子像」、右は 「天台大師像」、中国浙江省にある天台山で悟りを得た天台大師智顗(538-597)を、天台宗では「高祖」として仰いでいるそうです。

Anb_8208a

その裏に宮沢賢治の歌碑「ねがはくは 妙法如来 正遍知 大師のみ旨 成らしめたまへ」大正10年(1921)宗教で対立していた父に誘われて延暦寺に参詣した時の歌。強硬な日蓮信者だった賢治が、他宗の開祖に尊崇の念を表したことが注目されました。

Anb_8212a

さらに左に回ると坂道に「星峰稲荷」の鳥居があります。延暦年間(782-806)荼枳尼天(だきにてん)が白雪の神狐の姿となってこの地(星の峰)に現れ、人々の罪や穢れをはらい、福徳をもたらしたと伝わっています。

Anb_8226a

以来、商売繁盛、家運隆昌、立身出世の信仰を集めています。御朱印もあって、根本中堂の御朱印所で頂けます。この右の坂道を上ると文殊楼に行けますが、

Anb_8232a

根本中堂の前に戻って文殊楼への石段を上ります。はしごのように急で、手すりにつかまらなければ怖くて登れないほどです。

Anb_8289a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Anb_8294a

|

« 三宅八幡宮 鳩づくしの境内と小野妹子 | トップページ | 延暦寺 文殊楼から阿弥陀堂へ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 三宅八幡宮 鳩づくしの境内と小野妹子 | トップページ | 延暦寺 文殊楼から阿弥陀堂へ »