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2022年1月15日 (土)

東寺 金堂と講堂の諸仏

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

東寺の五重塔の特別拝観の後、金堂に向かいました。延暦13年(794)の平安京造営に際して、その2年後に国家鎮護のため羅城門の東に創建された官寺(国立の寺院)が東寺の始まりです。

その後、弘仁14年(823)に唐で新しい仏教、密教を学んで帰国した空海(弘法大師)に下賜され、日本で初めての密教寺院が誕生しました。そのとき唯一完成していた伽藍が金堂で、本堂になります。

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しかし、金堂は文明18年(1486)に焼失、現在の建物kは豊臣秀頼が発願し、片桐旦元を奉行として再建させたもので慶長8年(1603)に竣工しました。(金堂の拝観入口)

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本尊として「薬師三尊」(重文、薬師如来と日光菩薩、月光菩薩)を祀っています。

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「薬師如来坐像」 光背上には七体の化仏を配して七仏薬師を表します。 

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台座の周囲には「十二神将」(重文)は薬師如来の眷属(家来)で、それぞれが個性的な姿をしています。

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右の「日光菩薩像」(重文) 金堂の諸仏はいずれも慶長8年(1603)仏師・康正の渾身の名作といわれています。 

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空海は東寺を真言密教の根本道場とするため講堂の建築を計画、16年の工事を経て承和6年(839)に完成しました。金堂の北に「講堂」があります。

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しかし、文明18年(1486)に金堂、南大門などとともに焼失、5年後の延徳3年(1491)に再建されました。入母屋造の本瓦葺きで創建当初の基壇と礎石の上に建てられました。

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講堂の拝観入口、金堂と同様に内部では撮影できませんので、写真は東寺のガイドブックと小学館アーカイブス「古寺を巡る 東寺」からの転載です。

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講堂内部は、空海独自の発想で多数の尊像を配置しています。中央の「五智如来」(重文)は、金剛界曼荼羅では悟りの最終段階に達した仏とされます。五智如来の中心は「大日如来坐像」(重文、室町時代作)で、

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宝冠、首飾り、腕釧(わんせん)など豪華な装飾が施されています。左手の人差し指を右手の平で包む智拳印(ちけんいん)を結んでいます。大日如来は太陽にもたとえられ、万物を慈悲と智恵の光で照らすとされています。

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右には五大菩薩(国宝)が配されています。菩薩は如来になるべく修行中の身で、人々を救うために慈悲の姿で尽力しています。この日は中心の金剛波羅蜜多菩薩(国宝)は修理のため遷座していました。

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五大菩薩を守る「梵天」(国宝)、インドの古代神話の 宇宙創造の神で、悟りを開いた釈迦に対し、人々に説法するように促したといわれます 。四面、四臂で 正面の額に第三の目を持ち、 4羽の鵞鳥(がちょう)が支える蓮花の上に座っています。

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左には「五大明王」が配置されています。五大明王は五智如来が変身したもので、菩薩とは対称的に忿怒の形相で教えにそむく民衆を導き内外の諸魔を降伏させます。奈良仏教にはなかった像を製作するため空海が直接指導したと考えられています。

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「不動明王」(右)は髪を横に梳(す)き、顔をやや右に向けつつ両眼を見開いて正面を見ます。これは空海が唐からもたらした図像による造形で「大師様」と呼ばれ、彫像の不動明王としては最古の作例です。

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「大威徳明王騎像」三面の頭上にさらに三面を重ね、六臂、六足で水牛にまたがります。六足尊ともいわれ、悪魔を伏す威力と徳を備え、戦勝祈願にも用いられました。

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「隆三世(ごうざんぜ)明王立像」後ろにも顔がある四面で、八臂が持つ武器は明王の威力を示しています。隆三世とは、三界の悪を伏すことを意味します。踏みつけているのは、ヒンズー教の主尊シヴァとその妃ウマで、煩悩と無知を表すとされます。  

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「金剛夜叉明王立像」 三面六臂で、威力を誇示するかのように正面の顔は五眼です。五眼を彫刻で精巧に表すのは至難の業と思われますが、破綻のない造形力を見せています。

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如来・菩薩・明王の諸仏を守るように4角で睨みを利かせているのが四天王です。「増長天立像」奈良時代の四天王と比べ質感や躍動感があり、より激しい表情をしています。

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四天王と戦闘の神インドラが元になったとされる帝釈天、右端にあった梵天を合わせた6尊が天部を構成して、密教世界の守りを固めています。左端にある「帝釈天半跏像」天界の聖戦士で鎧を付け、象にまたがっています。

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明王と天部の諸仏はいずれも平安時代作で国宝に指定されています。講堂を出て、北から。

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