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2022年1月 5日 (水)

岡崎神社 初詣

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

平安神宮の初詣のあと、岡崎神社に来ました。「岡崎神社」は吉田山の南麓にあり丸太町通に面し、古くからこの地域の産土神(うぶすながみ)あるいは方除厄除の氏神として信仰されてきました(右に社務所・授与所があります)。

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参道の左(西)に末社があります。左は「祖霊社」、その右は不明、さらに手前(写真に写っていませんが)絵馬堂があります。

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「宮繁稲荷神社」倉稲魂(うがのみたま)神、蛭子大神、大国主大神を祀ります。かって祀られていた仙洞御所が宝永7年(1710)炎上、当時の所司代松平紀伊がここに遷座しました。商売繁盛のご利益があるとか。

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このお堂は不明ですが、その右に「三善清行卿邸跡」の碑が立っています。三善清行(847-918)は平安前期の学者、政治家です。下級貴族の子に生まれましたが学問にはげみ、長年苦労した末に官吏となりました。

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文章博士を経て71才で参議(さんぎ)、宮内卿となり公卿に列しました。清行は漢詩・漢文にすぐれ、延喜14年(914)「意見封事12箇状」を上奏、長年の中級官吏の体験から政治の欠陥を鋭く指摘しました。

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当時、菅原道真は文書博士の家柄から天皇に取り立てられ右大臣まで上り詰めましたが、周辺の貴族の反発も強くその左遷は藤原時平の諫言ともいいきれないとされます。「神楽殿」その向うに西の鳥居があり、向かいは東本願寺岡崎別院です。

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岡崎神社は、桓武天皇の平安京遷都(794年)の際に、都の四方に王城鎮護のために創建された大将軍社の一つとされ、牛頭天王(ごずてんのう)を祀り東天王とも呼ばれました。

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その後、弘仁年間(810-824)に社殿が焼失しましたが、貞観11年(869)清和天皇が再建して播磨(現広峰神社)から改めて祭神の牛頭天王を迎え悪疫退治を祈願しました。吽(うん)形の雌の狛兎、

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阿(あ)形の雄の狛兎、これらの狛兎を撫でると、縁結び、夫婦和合の御利益があるとか。このあたりの山はかつて野兎の生息地で、兎は多産で氏神の使いとされることから、狛兎や兎の像があちこちに置かれています。

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現在の祭神は速素盞鳴尊(すさのをのみこと)、その妻・奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、子供の三女五男・八柱御子神(やはしらのみこがみ)です。縁結び、子授け・安産、厄除けのご利益があるとされます。「拝殿」と「本殿」

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元慶年間(877-885)、清和天皇女御・藤原高子(二条皇后)の発願により、この地に東光寺(とうこうじ)を建立、当社はその鎮守社となったともいわれています。本殿の右に結婚式場があります。

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平安時代末の治承2年(1178)、高倉天皇の中宮・徳子の安産祈願の幣帛(へいはく、朝廷からの供物)を贈られたことから、子授け・安産の神としても信仰されるようになりました。

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「うさぎおみくじ」の入れ物が拝殿の石段下に並べられています(上と最後の写真)。黒御影石の「子授け兎」が月を仰ぎ体に力をみなぎらせています。水を掛けてお腹を擦り祈願すると、子宝に恵まれ安産になるとされます。

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兎以外に今年の干支の虎の絵馬もあります。こちらは子育てにちなんで親子の虎です。ほかにも3~4種類の虎の絵馬を見かけましたが、いずれも写実的で勇壮な姿をしていました。

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後に後醍醐天皇が再建、室町時代には将軍足利義政等により修造があり、幕府との関係も深かったとされます。しかし、室町時代中期の応仁の乱の兵火により東光寺は焼失(1467)、岡崎神社だけが残されました。

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「雨社」 もとは如意々岳(大文字山)の山中の石祠に鎮座していた龍神様で、天雨の恵みにより五穀豊穣をもたらす雨乞いの神です。安目社とも呼ばれ、目の病気平癒のご利益もあるとか。

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1531年には再び焼失しました。江戸時代前期の1624年の天王祭で、近くの粟田天王社(現粟田神社)との間で争いが起こり、岡崎天王祭は祭日を一日ずらしたという記録があります(華頂要略)。

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明治初年の神仏分離令によって祭神を現在のように改め岡崎神社と改称しました。ただし、かっての東天王社の名残はこのあたりの地名・岡崎東天王町として残っています。

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2018年の清行公1100年祭には前述の記念碑が建立されました。下はその後改築された神職の家屋のようです。

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こちらは令和元年御大礼奉祝として置かれた「飛躍兎」、奉納者の名前が書かれていて最後に「平安の森京都」とあります。

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平安の森京都は神社の東隣りにあるホテル(現HMIホテルグループ、旧近鉄グループ)ですが、その裏(写真の左)にも入口があり神社と何らかの関係があると思われます。向うは最初に見た社務所・授与所。

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向かいの左は先ほどの黒曜石の兎、正面は御旅所です。あまりにも本殿に近いのですが、かっては神社の西方にあったそうです。*帰り道で偶然その跡を見かけました。

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神事・祭事として、1月元旦 歳旦祭。2月3日 節分祭・人形焚き上げ(福豆授与)、3月16日 祈年祭、6月30日 夏越大祓(ミニ茅の輪授与)、7月16日 例大祭、10月16日 氏子大祭(稚児行列、子供神輿、湯神楽)、

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11月16日 火焚祭(火焚串焚き上げ)、11月23日 新嘗祭、12月2日 雨社祭、12月31日 年越大祓・人形焚き上げ(御神札授与)があります。 鳥居の正面に青蓮院の青龍殿が見えます。この後、もう一つの神社を訪れました。

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コメント

寅年ですが、
うさぎがたくさんいて、楽しい神社ですね。
少子化の時代、子宝の神様は貴重な神様ですよね。

投稿: munixyu | 2022年1月 5日 (水) 15:04

★munixyuさん こんばんは♪
確かに岡崎神社は若いカップルが多く見られました。神様も頑張って欲しいものです。

投稿: りせ | 2022年1月 8日 (土) 00:36

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