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2022年1月23日 (日)

後七日御修法 真言宗の最高の儀式

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の東寺・毘沙門堂の門を出ると本坊の前に二人の僧侶が立っていましたが、特に気にせず前にある「柳谷観音」にお参りしました。

弘仁2年(811)西山の楊谷寺を参詣した空海は、そばの湧き水で眼のつぶれた小猿を抱いてその眼を懸命に洗っている親猿を見かけます。空海が2匹のために17日間の祈祷を行うと、満願の日に小猿の眼が見事に開きました。

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以来、空海はその湧き水を眼病に効く独鈷水として広めたといわれます。独鈷水は江戸時代に霊元天皇の眼病が治癒したことから、東京遷都まで毎年朝廷に献上されました。その利益が評判になり、各地に観音堂が作られ柳谷観音が勧請されました。

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本坊の前では更に僧侶が増えて向うから来る人々を待ち構えていました。後で知ったのですが、真言宗の最高の儀式とされる「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」の退堂の列を待ち構えていました。

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弘法大師空海iは死の直前の承和元年12月に御修法(みしほ)を申請・許可されると、10日後の1月8日から宮中で後七日御修法を行いました。御修法は天皇と国家の安寧、鎮護国家を祈願する儀式で、元旦から7日までが神事、

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1月8日から14日の後七日が仏事です。以後、毎年大内裏の真言院で行われ、戦国時代の動乱のために中断、江戸時代の1622年復興、明治の廃仏毀釈で中断するも1883年に再開、現在に至ります。

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現在の後七日御修法は真言宗各派総本山の山主、定額僧と呼ばれる高僧から選ばれた15名が、東寺の灌頂院(かんじょういん)に参集します。隔年で西院流と勧修寺流で行われ、それぞれ胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅が本尊となります。

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「胎蔵界曼荼羅」(西院本、平安時代、国宝)は宇宙のすべてが大日如来から発するという根本原理を表し、中心に大日如来、その周囲に仏、菩薩、明王を配し、外周に諸天を描きます。 

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「金剛界曼荼羅」(西院本、平安時代、国宝)全体が9つに区画され、それぞれの中心に大日如来、その周囲に仏と菩薩を配します。右下から上、左と段階をおって悟りの境地に至る工程を示しています。

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現在では天皇は列席しませんが、御修法が行われる灌頂院北側の正堂では、天皇が袖をお通しになった御衣と香水(こうずい)を祈祷し、天皇の念持仏だった二間観音(二の間に安置されていた)を祀っています。タクシーが到着しました。

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後七日御修法の1週間の期間中、1日3回法要が行われ、そのつど本坊と灌頂院の間を列をなして上堂および退堂します。青い衣の方は先払いでその後ろの2人の僧侶が天皇の御衣と香水を持って歩きます。

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初日、中日、最終日に勅使が派遣されて勅使門が開きます。現在では、宮内庁京都事務所の所長が勅使役を務めます。また、最初に空海が務めた法要の導師「大阿闍梨」は、真言宗の十八の総本山・大本山の中から高僧が選ばれます。

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御修法では、災厄をはらう息災護摩壇と幸運を呼ぶ増益護摩壇も設けら、五大尊壇、十二天壇、聖天壇が内部に、外部に神供壇が設けられ、曼荼羅と同様の神仏習合の宗教空間が設けられます。

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タクシーから降りてこられた方が大阿闍梨のようです。今年の大阿闍梨は大覚寺の尾池泰道門跡が務め、真言宗の長者(代表者)となります。ちなみに、昨年は智積院の布施浄慧化主、一昨年は仁和寺の瀬川大秀門跡でした。

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非公開ですが14日の結縁後の1時間程度「後七日御修法後拝み」として灌頂院の内部が一般公開されます。ただし、昨年と今年は新型コロナのために後拝みは中止となり、お守りの授与だけが行われたそうです。

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一年の初めに神と仏にその年の安寧を祈る儀式は、空海が提唱した御修法に始まったともいわれ、今日の初詣の原型という方もいます。

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この日は閉門時間を過ぎてしまい、ここから境内の南へはいけませんでした(重要な二つの鎮守社があるので昨日改めて訪れました)。

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コメント

後七日御修法の1週間の期間中、
1日3回法要が行われ、
そのつど本坊と灌頂院の間を列をなして
上堂および退堂。
こういうのを聞くと、
文化や宗教を守っていくのって、大変ですよね。
つくづく修行なんだなあと思います。

投稿: munixyu | 2022年1月23日 (日) 15:40

★munixyuさん こんばんは♪
このような重要な行事に出くわしたのは幸運でした。もっとも、そのときは知りませんでしたが。

投稿: りせ | 2022年2月 2日 (水) 00:16

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