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2021年11月28日 (日)

嵐山・渡月橋 文学作品と巡る

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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昨日の記事の法輪寺を出て、嵐山や大堰川を見ながら渡月橋を渡りました。今日はお店や歴史の説明はなく、このあたりの風景を題材とした和歌や俳句、物語などを紹介しながら巡ります。

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高倉天皇が寵愛した小督局(こごうのつぼね)は時の権力者・平清盛の怒りを恐れてこのあたりに身を隠していました。源仲国が小督を探して、ここに馬をとめたとされる「こまとめ橋」、小督の話は『平家物語』からです。

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後拾遺集・堀河右大臣頼宗「水上にもみぢながれて大井河むらごにみゆる瀧の白絲」、西行「大井河ゐせぎによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる」

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後拾遺集・白河院「大井川ふるきながれを尋ねきてあらしの山のもみぢをぞみる」 大堰川(大井川)は渡月橋あたりの桂川を指し、橋より上流を保津川、下流を桂川と区別することもあります。

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金葉集・経信「大井川いはなみたかし筏士よ岸の紅葉にあから目なせそ」、顕季「かめやまの かげをうつして おほゐ川 幾代までにか 年の経ぬらむ」

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「渡月橋」の名称の起源は、満月の晩に舟遊びをされた亀山上皇が、月が法輪寺橋の上を渡るように見えて「くまなき月の渡るに似る」と評したことによるといわれています。

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後拾遺集・公任「おちつもる紅葉をみれば大井川ゐぜきに秋もとまるなりけり」、千載集・俊恵「けふ見れば嵐の山は大堰川紅葉吹きおろす名にこそありけれ」

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夏目漱石の『虞美人草』では、「浮かれ人を花に送る京の汽車は嵯峨より二条に引き返す。引き返さぬは山を貫いて丹波へ抜ける」、「保津川の急湍は此駅より下る掟である。下るべき水は眼の前にまだ緩く流れて碧油の趣をなす」と始まり、

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川下りで次々にあらわれる景観や船頭の竿さばきを詳しく描写して、保津川下りが広く知られることになりました。西行「いつか又めぐり逢ふべき法の輪の嵐の山を君し出でなば」

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『都名所図会』では「渡月橋は大井川にありて法輪寺へ渡る橋なり 一名は御幸橋、法輪寺橋ともいふ」として、京極為兼「大井川遥かに見ゆる橋の上に行く人すごし雨の夕暮」を紹介しています。 

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季通「おほゐ川 のぼればいとど 涼しきは 戸無瀬に秋や 通ふなるらむ」、定家「のこる色もあらしの山の神無月ゐせきの浪におろすくれなゐ」

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千載集・道因法師「大堰川流れて落つるもみぢかなさそふは峯のあらしのみかは」、

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拾遺集・公任「朝まだき嵐の山の寒ければ紅葉の錦着ぬ人ぞなき」、俊恵「けふ見れば 嵐の山は 大井河 紅葉吹きおろす 名にこそありけれ」

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高倉天皇は小督の失踪を嘆き、密かに腹心の源仲国に小督を探して宮中に呼び戻すよう命じていました。源仲国は嵯峨野を探し回っていた名月の晩、かすかに琴の音が聴こえてきました。「琴きゝ橋跡」

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曲は別れた恋人を想う曲「想夫恋」で、源仲国が聞き覚えのある小督の爪音でした。源仲国が琴の音を聞いたのは法輪寺の近くとされ、法輪寺に渡る小橋を目印として高倉天皇に報告したので、橋が注目されたと思われます。

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崇徳院「高瀬舟かじふりたてよ大井川岸の紅葉をいかが過ぐべき」、経信「古のあとをたづねて大井川もみぢのみ船ふなよそひせり」

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拾遺集・忠岑「色々の木の葉流るる大井河下は桂の紅葉とや見ん」、続後撰集・坂上是則「もみぢばの 落ちてながるる 大井河 瀬々のしがらみ かげもとめなむ」

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小督は清盛を恐れて帰るのをためらいますが、「想夫恋」の曲から彼女の真意を知っていた仲国に説得されて高倉天皇の元に帰ってきました。二人はひっそりと逢瀬を重ねます。

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しかし、秘密が清盛に漏れて小督は無理やり出家させられてしまいます。「車折神社 嵐山頓宮」の前に「琴きき橋」が造られています。

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「アラビカ京都 嵐山」の横を入ると「小督塚」、小督は再び嵯峨野に戻ってきて、このあたりに隠棲したとされます。五輪塔は琴の名手の小督の供養塔で、小督の墓は清閑寺の高倉天皇稜のそばにあります。

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 一葉「あらし山ふもとの寺のかねの音に暮るる紅葉のかげぞさびしき」、晶子「あらし山名所の橋のはつ雪に七人わたる舞ごろもかな」

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川端康成の『古都』では、主人公の老舗呉服店の一人娘・千重子が「嵐山は今ごろえらい人やし、野々宮や、二尊院の道や、仇野が、うちは好きどす」といい、野宮神社の詳しい描写があります。

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芭蕉「嵐山藪の茂りや風の筋」、友二「翠岱をボートの水に市民の日」、子規「人の目の秋にうつるや嵐山」

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泊雲「落葉焚く煙の中を人去来」、「山影をかぶりて川面花の冷」、夜半「水べりに嵐山きて眠りたり」、定家「吹きさらふもみぢの上の霧はれて嶺たしかなるあらし山かな」

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涼菟「青柳や雲にながるゝあらし山」、芭蕉「嵐山藪の茂りや風の筋」 この後宝厳院に向かいました。

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コメント

やっぱり景色がいいから、短歌や俳句が多いのですね。

秋の日の寂しさ並ぶ嵐山  宗本智之
綺麗なんだけど寂しいんですよね。
色とりどりの寂しさに秋を感じます。

投稿: munixyu | 2021年11月28日 (日) 15:01

★munixyuさん こんばんは♪
秋の自然の美しさは、人に寂しさを感じさせるのですね。人の心の繊細さが伝わってきます。

投稿: りせ | 2021年12月 5日 (日) 01:10

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