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2021年11月10日 (水)

上賀茂神社 摂末社と古跡を巡る

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※写真は全てクリックで拡大します。

上賀茂神社の本殿にお詣りした後、摂末社や古跡を巡りました。境内西の車参道から、祭神の賀茂別雷神が降臨したと伝えられる神山が見えます(上の写真)。

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車参道の奥にある社家、宮司さんの住居だと思います。

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授与所の横に末社の「橋本社」 衣通姫神(そとおりひめのかみ)を祀り、和歌、芸能上達の守護神です。 吉田兼好の徒然草に、橋本社と岩本社(後ででてきます)の話が載っているそうです。

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「片岡社」 片山御子神社ともいい、楼門前の御物忌川の対岸にあり、上賀茂神社の24摂社の第一の社格だそうです。祭神は祭祀を司る巫女の玉衣日姫(賀茂別雷神の母神)で、この地域の地主神でもあります。

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本宮の全ての祭祀は、まずこの社に奏上してから行われる重要な社だそうです。平安時代(856年)には既に文献に名が出てきて、1017年に正二位の格を与えられました。紫式部の歌(後述)にも出てきて、良縁祈願の信仰があるそうです。

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摂社の「須波神社」 平安時代に始まり、祭神の阿須波神(あすはのかみ)は、神域を支配する神、波比祇神(はひきのかみ)は本宮前庭の守護神。生井神(いくいのかみ)、福井神(さくいのかみ)、綱長井神(つながいのかみ)は御物忌川、御手洗川の守護神。

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本殿の中門右にある末社「棚尾社」(重文)  祭神は櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)で、中に悪霊が入らないように門を守る神です。

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楼門の前から右に回ると、末社「川尾社」(重文)があります。祭神は水の神・罔象女神(みずはのめのかみ)で 御物忌川を守ります。

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更に回り込むと「新宮門」(重文)があり、その中にある摂社「新宮神社」(重文、右)は水を司る高龗神(たかおかみのかみ)、末社「山尾社」(左の木に隠れています)は山の神・大山津美神(おおやまつみのかみ) を祀ります。門の隙間から撮影。

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新宮門に行く途中の川尾社の左に「伊勢神宮遥拝所」があります。この後、もう一度片岡橋を渡り、御物忌川の左岸を歩きます。

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「岩上(がんじょう)」 大岩が露岩しており(神が降臨する)磐座(いわくら)です。葵祭の際にここで宮司が勅使にそんきょの姿勢で返祝詞(かえしのりと)を述べ、古い神道の形を残している場所とされています。

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左が「土屋」(重文)、右が「橋殿」(重文)。御物忌川は橋殿の向こうで御手洗側に合流、対岸で葵祭前儀の「禊の儀」が行われます。

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紫式部の歌碑「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに 立ちやぬれまし」(新古今和歌集) 「ほととぎす(恋人)を待っている間、片岡社の木の下に立って、朝露に濡れていましょう」。

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末社「岩本社」 御手洗川(ならの小川)のほとりあり、祭神の底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)は、祓いの神、海上安全守護神、港や河瀬の守護神とか。

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摂社「賀茂山口神社」 御歳(みとし)神を祀り、田、山、本宮御田の神、神領地の田畑の守護神。また、子の成長をつかさどる神、森を守護する神ともいわれます。御田植祭(6月10日)が行われ、前の沢田川に早苗が投じられます。右に拝殿があります。 

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かって上賀茂神社を管理していた神宮寺の池跡、礎石が「願い石」として残されています。

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神宮寺は1142年と1373年に焼失しましたが再建され、池(神宮寺池)がありました。明治初年(1868)神仏分離令後の廃仏毀釈によって廃絶され、鎮守社の二葉姫稲荷神社(鳥居の先)だけが残されました。

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二の鳥居を出て、境内を囲む玉垣の東南に、藤原家隆の歌碑「風そよぐ ならの小川の 夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける」 ちなみに、ならの小川、御手洗川は季語になっているそうです。

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「渉渓園」 1960年神宮寺池跡に中根金作により平安時代末期の庭が再現され、曲水の宴が催されます。「睦(むつみ)の木」は樹齢300年以上のスダジイの大木で一つの根から何本もの太い幹が伸びていることから、家族の絆を象徴しているとされます。賀茂山口神社の拝殿が見えます。

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右が「奈良神社本殿」 祭神は奈良刀自神(ならとじのかみ)で、左の神饌所での神饌の盛り付けの際に、楢の葉を閉じて用いていたことから祀られたとされます。

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「校倉(あぜくら)」 社家の三手家が保有してきた三手(みて)文庫、江戸初期の国学者・今井以閑の蔵書が保管されています。以閑は、京都の富豪今井家の3男で万葉集を考証した「万葉緯」(20巻)をまとめたことで知られます。

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手前の「山森神社」は病気平癒、向うの「梶田神社」は厄除けの神を祀っています。ならの小川の下流にあり、式年遷宮で補修されました。

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表参道に戻ってくると、日が暮れかけてきました。

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