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2021年10月 7日 (木)

二条通 薬祖神祠と二条殿跡

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて二条通を東に歩きます。「室町通」を横切ると南東の角に「みのり住建」、1974年創業の不動産屋さん(本社)で、営業エリアは市内中心部、住宅・店舗、京町家も扱っています。

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「山村寿芳堂」 老舗薬局(薬草販売店)で、ルーツは平安遷都の時代までさかのぼるそうです。「瑞星」は血液循環を正常に保ち、動悸や疲労、2日酔いにまで効くという和漢の生薬製剤で、家庭の常備薬としても適しているとか。

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「薬祖神祠(やくそじんし)」 幕末の安政5年(1858)に薬業仲間が医療や医薬品事業の繁盛を願い創建しました。ここ二条通は江戸初期から薬の町として栄えた場所で、右隣は「二條薬業会館」。

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前身は江戸後期に「薬師講」として医薬と農業を司る神「神農」を祀ったのが始まりといわれ、薬祖神祠は神農さんとも呼ばれます。当初は別の場所にあったらしく、明治39年(1906)に現在地に移りました。

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本殿は一段高い檀上に建ち、前には全面にアクリル板が張ってあります。日本に医薬を広めたとされる大己貴神(おおなむちのかみ)と少彦名神(すくなびこなのかみ)を祀り、古代中国と古代ギリシャの薬祖神も合せ祀っています。

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「神農像」神農は古代中国の伝説の皇帝(三皇五帝の三皇の一人)で、百草をなめて効能を確かめて、人々に医療と農耕の技術を教えたといわれます。萬福寺の隠元和尚が請来したといわれます。

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「ヒポクラテス像」 西洋医学の父とされる古代ギリシャの哲学者・医者で、臨床の観察と経験を重んじて科学的医学の基礎を築いたとされます。こちらも神として祀られています。

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向かいの「アンシャンテ滝村」 築1997年、5階建、24戸のマンション。

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「アンティーク・モモ」 骨董品に加え絵画や書も扱っています。お休みのようですが、レトロな建物です。

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「Trattoria Casa Verde(トラットリアカーサヴェルデ)」 洋食屋(イタリア料理)でお手頃なランチもあります。店内は昭和レトロの家庭的な雰囲気でゆったりと過ごせるそうです。

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「両替町通」 平安京には存在せず、豊臣秀吉による天正の地割で新設された通りです。慶長5年(1600)徳川家康によって金座が設けられ、さらに慶長13年(1608)には銀座が伏見から金座の南に移転しました。

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それ以降、通り沿いには金融や金銀細工に携わる業者が集中しました。交差点から両替町通に寄り道して南の「御池通」の近くまできました。右に「京都労働局」があります。この向かいに

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「徳川時代 銀座遺址」の石碑。「両替」という言葉は、銀座において吹金や灰吹銀を鑑定して(流通貨幣である)丁銀と替えることを南鐐替(なんりょうがえ)、量目替、両目替などと称したことに由来するそうです。

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「二条殿跡」 天正5年(1577)織田信長が公家の二条邸だった場所に新造した上洛時の宿所で、その後誠仁(さねひと)親王に献上したため二条(新)御所とも呼ばれました。「京都国際マンガミュージアム」(旧鴻池小学校)の裏口です。

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本能寺の変のとき、信長の嫡男・信忠は本能寺から北東700mほど離れた二条御所の西隣の妙覚寺に宿泊していました。500人ほどで本能寺へ向かうも、すでに本能寺が落ちたことを知り、守りに適した二条御所へ移りました。

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信忠は、誠仁親王らを逃がして明智軍と奮戦しましたが、最期は自刃して果てました。その際、自身の身体を床下に隠すよう命じたとされ、信長同様に信忠の遺体も見つかりませんでした。もう一度二条通に戻ります。

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途中の両替町通にある「ブランズ京都烏丸御池」 築2008年、9階建、32戸のマンションです。

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二条通の一筋南の「押小路通」にある「Bar mio 2°(バルミオ セグンド)」 カウンターだけの小さなワインバーで、ワインを中心にスペインの飲み物を幅広く提供、価格やサービスをシンプルに設定しているとか。

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「茶寮翠泉 烏丸御池店」 宇治抹茶を用いたスイーツのお店で、店内は茶室のような和の雰囲気だそうです。出来立て温わらび餅 お濃い抹茶味、生しぼり お濃い抹茶モンブラン、お濃い抹茶ラテ3Dアートなど。東京にも数店舗あります。

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「ゑびや寿司」 お手頃の値段でお昼はサラリーマンで賑わいます。うどん・そばもあって、お寿司とのセットが好評だとか。

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「ottimo(オッティモ)] 新鮮な魚介をふんだんに使用したイタリアンのお店で、パスタやピッツアは北海道の小麦粉を使用した自家製、ワインも豊富に用意しているそうです。緊急時代宣言から当分ランチのみの営業です。

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二条通に戻りました。右が両替町通、左が二条通、南東の角は「COFFEE BENIYA」、この日は月曜日でお休みでした。

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二条通の南側の「ナカライテスク株式会社 本社」 試薬(実験研究用の化学薬品)などのメーカーで、昭和33年(1958)(株)半井萬紹商店(現井筒クラヤ三星堂)から試薬部が分離独立したのが始まりです。

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京都府内に工場・研究所と全国12か所に営業所を持つほか、アメリカに海外拠点(子会社)を有します。本社の向かいに「ナカライテスク(株) 本社営業所」があります。

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「Marie Rose」 1階は和雑貨やインテリアのお店で、枯山水のような砂の中庭を眺めるオシャレな造り。2階はカフェになっています。かわいい猫ちゃんがいます。

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「烏丸通」まで来ました。この後、京都十二薬師霊場のもう一つの札所に向かいます。

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コメント

「山村寿芳堂」
平安遷都の時代までさかのぼるルーツの薬局って、
凄いですね。やっぱり初めは漢方からだったのですね。
僕は漢方は使えませんが、何となく欲しくなってしまいます。
やっぱり苦いのでしょうか。

投稿: munixyu | 2021年10月 7日 (木) 17:22

★munixyuさん こんばんは♪
かって漢方薬は煎じて飲むことが多く、苦いというのが一般のイメージでした。最近では錠剤や顆粒なども作られ、飲みやすくなっているようです。

投稿: りせ | 2021年10月13日 (水) 00:22

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