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2021年9月 9日 (木)

東山聖天と歴代の尼僧たち

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の小松谷正林寺の南の通りを下ると、渋谷街道と女坂を結ぶ通りに出ます。その通りにある「香雪院」は、妙法院の塔頭で東山聖天ともよばれます。今日はその住持の物語を紹介します。

妙法院は豊臣秀吉が造営した天台宗の門跡寺院で、東山七条の智積院の北にあります。山門を入った右に「鎮守社」があります。

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香雪院は江戸時代の寛保年間(1741-1743)、霊元天皇の第18皇子・妙法院23世・尭恭(ぎょうきょう)法親王により創建されました。(鎮守社の横に石仏が並んでいます。)

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この地が妙法院の丑寅(北東)の方角に当たることから、持仏の聖天像を安置するためのお堂を建てたのです。また、当時は妙法院の所有だった積翠園の東隣でもあります。(庫裏の玄関)

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この像は、妙法院第2世・慈覚大師が中国より持ち帰った双身聖天像(歓喜天)と伝えられ、続く妙法院24世・真仁法親王、25世・教仁法親王が聖天像の供養をおこないました。

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その後香雪院は衰退、明治時代になると門跡寺院の制度は廃止となり、法親王の入山門主は禁じられました。(庭への中門)

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明治10年(1877)ごろ、中島良湛尼が妙法院塔頭の尼寺として香雪院を再建しました。中島秀湛尼は7歳で良湛尼の徒弟となり、翌年得度、19歳の時に良湛尼が亡くなり2世住職となりました。(中門に手書きの境内地図がかかっていて参拝順路が示されています。)

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良湛尼は就任後、本堂を修理、書院を改築、梵鐘を鋳造して鐘楼堂を新築するなど、堂宇の再建に尽力、57歳で亡くなりました。中門の左手前、右に「再建碑」(中島良湛)、左に「中興碑」(中島秀湛)があります。

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昭和15年(1940)に3世・中島湛海尼が就任しました。湛海は大正4年(1915)栃木に生まれ父は財界人でしたが、生まれてすぐに母を亡くして祖母に育てら、7歳で香雪院に入り2世・中島秀湛の養女となっていました。(鳥居の扁額には歓喜天と書かれています。)

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11歳で出家、京都女子高等学校を卒業後も修行を続け、26歳のときに3世として香雪院を継ぎました。(歓喜天は象頭人身の姿をしているそうです。)

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ところが、昭和20年(1945)1月26日午後11時過ぎ、米軍の「馬町空襲」により本堂や庫裏が大破してしまいました。京都府の記録によると、死者34人、負傷者56人、全焼・全壊31戸、半壊112戸。「歓喜稲荷社」

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当時の修道国民学校(元東山小学校)や京都女子専門学校(京都女子大)なども大きな被害を受けました。(境内の奥に見事な竜の透かし彫りのある鐘楼があります。梵鐘は昭和24年再鋳。)

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3世・湛海は馬町空襲の被災者を3か月にわたって救護したといわれています。その後、香雪院を再興、浄妙庵を再建し、行願寺(革堂)住職を兼務しました。(弁天堂、天井は藤や杜若が描かれた花天井になっています。)

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湛海は女性初の権僧正や権大僧正となり、昭和63年(1988)には女性で初めて天台宗の最高位・大僧正に就任しました。(正面が「本堂」、左手前の石柱には「聖天尊千度碑石」と刻まれています。)

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本堂(歓喜天堂)には本尊の秘仏・双身聖天像を祀っています。除病除厄、富貴栄達、恋愛成就、夫婦円満、除災加護のご利益があるとされます。

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昭和63年(1988)中島光海尼が第4世に就任しました。湛海は平成18年(2006)に亡くなり、享年91、喪主は中島光海尼でした。(向うは庫裏で、手前に献灯碑、その向うに七重石塔があります。)

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光海もまた革堂の住持を兼務、そちらでお勤めすることが多いようです。ちなみに革堂(行願寺)は西国三十三所の唯一の尼寺(第19番)です。下の写真はこちらも鎮守社だそうです。

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香雪院は尼寺三十六所霊場の11番目の札所になっています。少し秋の気配を感じる境内でした。

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