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2021年9月 3日 (金)

地主神社 京都最古の神社と恋占いの石

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※写真は全てクリックで拡大します。

清水寺本堂の後ろにある地主神社(じしゅじんじゃ)は縁結びの神として知られますが、その創建は清水寺より古いといわれています。今日は、地主神社の歴史を少し詳しく紹介します。写真は数年前のものです。

「地主神社」の正確な創建時は不詳ですが、社伝によると神代(日本建国以前)といわれ、京都で最古の神社と考えられています。かってはこの一帯の産土神(うぶすながみ)として崇敬されてきました。

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「大国主命と因幡の白兎」 大国主命は兄たちに連れられて八上比売(やかみひめ)に求婚するために因幡の国を訪れました。そこで助けた白兎は八上比売が大国主命を選ぶと予言、その通りになり、縁結びの神として信仰されています。

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「契り糸」は、男女が白紅の糸に名前を書いて「良縁大国」様に結びつけると縁が結ばれるといいます。また、良縁を望む女性は、紅色に名前を、白色に願い事を書いて結びつけるのだそうです。

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奈良時代の778年に清水寺が創建されたときには、地主神社はその鎮守社・地主権現として祀られました。平安時代初めの797年、坂上田村麻呂が征夷大将軍に任命されたときに、太刀一振りを奉納したという記録が残っています。(下は「良縁大国」)

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平安時代を通じて、嵯峨、円融、白河天皇など歴代天皇が行幸し、皇室との関係が深まりました。下の祓戸(はらえど)大神は、厄除開運、活力の神とされています。

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『梁塵秘抄』(後白河上皇篇)には、地主神社のことを、清水に天露別の神(天孫降臨した神)がいると書かれています。下の「栗光稲荷大神」は、商売繁盛、家内安全、開運招福のご利益があるとされます。

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本殿には、大国主命を主祭神として、その父母神の素盞鳴尊と奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、奇稲田姫命の父母神・足摩乳命(あしなずちのみこと)と手摩乳命(てなずちのみこと)の3代の神を祀ります。下は「拝殿」(重文)。

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「本殿」(重文)は、奈良時代の双堂(ならびどう)という古い建築様式で、入母屋造と権現造の様式を兼ねています。

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鎌倉時代から室町時代にかけて、地主権現は桜の名所として様々な文学に登場します。世阿弥の『田村』では「この寺の地主の桜にしくはなし」。(下の「厄除大国」が持っている水晶玉に軽く触れると、開運のご利益があるとか。)

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作者不詳の『熊野』では「地主権現の花の色 沙羅双樹の理なり」とあります。(下は「人形祓(ひとがたはらい)」で、人形の紙に息をかけて身代わりに水に流すと、身に付いた悪運、悪縁、病気が取払われるといいます。)

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「地主桜」は一重と八重の花が同時に咲く珍種で日本ではここだけに現存するそうです。811年嵯峨天皇の行幸の際、三度車を返したという故事から「車返しの桜」と呼ばれました。室町時代の『閑吟集』には「地主の桜は・・・散るやら 散らぬやら 嵐こそ知れ」。

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安土桃山時代には、豊臣秀吉が境内で花見の宴を催したという記録があります。下は「撫で大国」 大国さんを撫でると、良縁、受験必勝、安産、商売繁盛、長寿、芸事上達など請願成就するといわれます。

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江戸時代前期の1633年、3代将軍・徳川家光によって現在の社殿が再建されました。下は「幸福祈願所」 銅鑼(ドラ)を三度叩き、縁結びや幸福祈願をして、音の余韻が長いほど願い事が届きやすいとされます。

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「おかげ明神」 どんな願い事も一つだけ成就する女性の守り神といいます。後ろのご神木の杉は、「いのり杉」、「のろい杉」といわれ、かつて丑の刻まいりに使われ、いまも五寸釘の跡があるといいます。

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明治時代初めの1869年、神仏分離令により清水寺から独立、地主大明神と改め、後に地主神社と改称しました。下は「水かけ地蔵」 地蔵に水をかけて願い事をします。長年境内の土中にあって、近年見つかった地蔵だそうです。ここが境内の一番奥です。

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下の「総門」(重文)は棟門で、正面から見ると柱は鳥居形になっています。「人形祓い所」とあり、ここでも人形を水に浸して、穢れを祓います。

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第二次大戦後、神道が国からの保護から外れ地主神社は存亡の危機を迎えました。仏像など目に見える信仰の対象がなく、清水寺が昭和30年~40年代に参拝者も増えてきたのに対し、地主神社は荒廃していきました。

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宮司の中川さん一族は京都ゑびす神社の神職でしたが、神主不在となった地主神社に入ることになりました。社殿を修復するために請願を続け、昭和41年(1966)本殿と拝殿、総門が国の重要文化財に指定されました。(本殿の向かいの授与所/祈祷所。)

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その後、修理や整備を続けながら徐々に現在の姿に整備、地主神社が縁結びの神として人気が出たのは昭和の後期からです。平成6年(1994)地主神社は清水寺とともに世界文化遺産に登録されました。

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下は「恋占いの石」で、二つの石の間を目を閉じてだどり着けると、恋が成就するといいます。

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室町時代末期の『清水寺参詣曼荼羅』(下)には、中央右よりに清水寺本堂、その上の一段高い場所に地主神社が描かれています。この配置は現在も変わらず、かっての神仏習合時代の名残だそうです。

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地主神社の境内にある二つの石が現在の「恋占いの石」だと考えられています。江戸時代の『出来斎京土産』には「老若男女、終日嬉嬉としてたわむる」と書かれているそうです。

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近年、アメリカの原子物理学者ライル・ボースト博士の研究により、これらの石が縄文時代の遺物であることが判明したそうです。社伝による神代の時代の創建というのが、あながち大げさではないようです。

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コメント

恋占いとか、占い関係は、
秋になると繁盛するのかもしれませんね。
なんとなくそんな気がします。
恋占い巡りツアーなんか、
若い人には人気になるのかもしれません。

投稿: munixyu | 2021年9月 3日 (金) 17:33

★munixyuさん こんばんは♪
恋占い、縁結びは神社にとっても重要な収入源ですね。地主神社の神主さんは、そんな神様に救われたとおっしゃっていました。

投稿: りせ | 2021年9月 4日 (土) 01:33

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