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2021年7月22日 (木)

鉄眼禅師と宝蔵院

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は、民衆の救済と一切経の出版に命をけけた鉄眼禅師に焦点をあてて、萬福寺塔頭の宝蔵院の記事を再編集してお届けします。

萬福寺そばの奈良街道沿い並ぶ4塔頭の一つで、手前が宝蔵院の山門、その向うが収蔵庫への入口です。

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「宝蔵院」は、江戸時代の1669年、鉄眼道光(てつげんどうこう)禅師が萬福寺開山の隠元戦時から黄檗山内に寺地を授かり、藏版・印刷所として建立しました。

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鉄眼禅師は、守山八幡宮(現熊本県内)の社僧の子として生まれ、当初は父の影響で浄土真宗を学びました。13歳の時に浄土宗僧侶の海雲を師として出家しました。

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しかし、当時の本願寺宗徒は才徳ではなく寺格が高いことによって上座にあることを潔しとせず、1655年長崎・興福寺に渡来した隠元禅師に参禅して禅宗に帰依しました。

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その後、隠元に付いて摂津・普門寺、山城国・萬福寺に移りました。

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1664年頃、鉄眼禅師は『一切経』を刊行することを発願して全国行脚を行い施財を集めました。一切経とは仏教の聖典を総集したもので、大蔵経、三蔵ともよばれます。

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ところが畿内で飢饉が起こり、1度は集まった施財を惜しげもなく飢民に与えてしてしまいました。それが、2度に及んだといいます。3度目にようやく集めた施財で、1668年京都の木屋町二条に印経房(後の貝葉書院)を開設しました。

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1669年には隠元から明朝版大蔵経(万暦版大蔵経)が贈られ、印経房で復刻版の版木の作成を開始(開版)しました。また、版木を所蔵する藏版および印刷所として黄檗山境内に塔頭・宝蔵院を建立したのです。

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1678年にようやく初版が完成し、全1,618部7,334巻が後水尾法皇に献上されました。初版は400部が印刷され、各地の寺院に配布されたそうです。このとき出版された一切経は、鉄眼一切経、あるいは鉄眼版(黄檗版)大蔵経とよばれています。

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1682年に畿内で大飢饉が起り、鉄眼禅師は募金と2万人への救済事業の活動の途上で倒れて亡くなりました。人々に「活仏」と仰がれ、荼毘に付された日には10万人を超える人々が送ったそうです。(「一切経蔵庫」)

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ここ宝蔵院に保管されてきた鉄眼一切経の版木は、度重なる京都の大火にもあわず現在も完全な形で保存されています。版木は全部で6万枚あり、そのうちの48,275枚が重要文化財に指定されています(版木を納めるには現在のように大きな建物が必要だそうです。)

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一切経蔵庫ではこの版木を用いて現在も経本の印刷(木版印刷)・出版が行われています。初刷から現在まで約2,000部余りが印刷され、国内はもちろん明治時代にはアメリカ、イギリス、ドイツ、タイ、昭和には満州、中国、台湾などにも納められました。

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版木の書体は現在も広範に使われている明朝体の起源になり、一行20字、10行が見開きになっていて、400字詰め原稿用紙の原形といわれています。一切経蔵庫は個人でも見学でき(拝観料が必要ですが)、厨子内に鉄眼禅師像が安置されています。

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また、鉄眼禅師は『鉄眼禅師仮名法語』を著わし、わかりやすく平明な表現で仏教の真理を説いた最良の入門書といわれています。

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昭和7年(1932)昭和天皇は鉄眼禅師の偉業を称え「宝蔵国師」という国師号を下賜されました。それまでは宗派の開祖など高僧が対象でしたが、内達の「学徳優長にして各宗同く景仰する者」に該当したものと思われます。

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「貝葉(ばいよう)書院」は現在でも二条木屋町西入で木版刷り仏教書の販売をしています。

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コメント

全1,618部7,334巻って物思い量の本ですよね。
全部読み終えるのに10年以上掛かってしまいそうです。
版木も燃えずに残って、今もまだ印刷されているって、
それもまた凄い事です。

投稿: munixyu | 2021年7月22日 (木) 15:12

★munixyuさん こんばんは♪
一切経を読破した人は数えるほどしかいないようです。親鸞は数回読破したともいわれています。

投稿: りせ | 2021年7月26日 (月) 00:02

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