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2021年4月 6日 (火)

武道センターと旧武徳殿

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事で琵琶湖疏水を川端通から遡って武道センターの前まで来ました。京都市武道センターは総合武道施設で、昭和55年~昭和62年3月に旧武徳殿の修復保存と増設を行い、現在の諸施設が完成しました。

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「武道センター本館」、武道その他の室内スポーツに利用できる総合体育館です。

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かってこの場所に「大日本武徳会」が設立・運営していた「武道専門学校」がありました。「大日本武徳会」は、戦前の日本において、武道の振興、教育、顕彰を目的とした財団法人です。

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明治28年(1895)京都に公的組織として結成され、初代総裁に小松宮彰仁親王(皇族、陸軍大将)、会長に渡辺千秋(京都府知事)、副会長に壬生基修(平安神宮宮司)が就任しました。

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「旧武徳殿」平安遷都1100年記念事業の平安神宮造営と時を同じくして、大日本武徳会の演武場の建設計画が持ち上がり、明治32(1899)年、故事にちなんで平安神宮の北西の地に武徳殿を竣工しました。

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その後は武術教員養成所(後の武道専門学校)も開設され、「東の講道館、西の武徳殿」と評されるほど日本の武道の中心的存在となっていきました。(以後は単に武徳殿とします。)

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武徳殿は伝統的和風建築をベースにしながらも、明治以後の洋風建築の影響を受けた近代和風建築といえます。外観は伝統的な和風建築、建物構造は洋式な設計だそうです。(周囲を一周します。)

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終戦後日本の武道界は困難な時代を迎え、武徳館はその歴史に翻弄されました。「剣聖内藤高治先生顕彰碑」この前はちょっとした日本庭園になっています。

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GHQによって武道禁止令とともに大日本武徳会が解散させられ、昭和22年に武道専門学校は廃校となりました。(武徳殿の南西の角に大きな枝垂れ桜があります。)

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そして、武徳殿は一時アメリカ軍に接収されました。接収が解除されると、京都市警察学校として、また京都市立芸術大学音楽学部の学校施設として利用されるようになりました。

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昭和50年代に入ると音楽学部の移転計画が持ち上がり、武徳殿の行く末が案じられました。やがて結成された全日本剣道連盟は武徳殿保存を京都市に要請し、ついに武徳殿保存が決定されました。「相撲場」

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昭和62年には多くの武道愛好家の援助によって武徳殿の大改修が行われました。下の写真は「南門」、その向うはロームシアター京都(京都会館)。

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そして、明治初期の大規模な木造建築であり、日本武道の歴史を物語る重要な建造物だとして、昭和58年に京都市指定文化財、平成8年に国の重要文化財に指定されました。

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上の左の石碑「武徳薫千載」は、平成11年に全日本剣道連盟によって、武徳殿建立100年を記念して建てられたものです。

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武徳殿は、現在も剣道、柔道、なぎなたなどの武道の練習や競技会の開催会場として利用されています。「弓道場」

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一方、昭和29年、京都と東京で大日本武徳会再建運動が起こり、それぞれ財団法人大日本武徳会の設立認可を文部省に申請しました。これに対し、全日本剣道連盟、全日本柔道連盟、日本弓道連盟は「武道界を混乱に陥れる」として共同で反対しました。

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文部省は1年近くの審議の後、民主的に組織されて健全に活動している連盟が既に設立されており、体育行政上適当でないと、設立認可申請を却下しました。

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そのため、京都の「第日本武徳会」は任意団体として発足、平成24年に一般社団法人に移行しました。昭和37年より毎年4月29日に武徳殿で武徳祭を開催、段位称号の授与、表彰など旧大日本武徳会の活動を継承しています。

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大日本武徳会の財団法人設立には反対した京都府剣道連盟ですが、武徳殿で常に稽古が出来る喜びと誇りを持ち、いつまで武徳殿を守っていく義務と責任を持っていると表明しています。

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前総裁の東伏見慈洽の死去に伴い、現在の総裁は東伏見慈晃(青蓮院門跡)です。表門の横に、武道センター本館の工事前の発掘調査で見つかった井戸跡(復元)があります。

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上に行くほど口が開いた石組みや出土した瓦から平安時代末期のものと考えられます。当時のこのあたりに建造された六勝寺を中心としる白川街区(副都心)の現存する数少ない遺跡です。

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武道センターを出て、冷泉通にあるバス駐車場の奥に先ほどの南門(かっての武徳専門学校の正門)があります。いつもなら、駐車していて、正面からの写真が撮れません。

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門の脇に武道専門学校最後の校長(雅号・野風呂)の句碑があります「風薫る 左文右武の 学舎跡」。

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コメント

この辺りの桜は、
フワッとした感じがしますね。
浮き上がると言いましょうか。
散ってないのに、散ってるような、
不思議な気がします。

投稿: munixyu | 2021年4月 6日 (火) 16:22

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