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2021年2月 5日 (金)

雪の京都 落柿舎

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

現在外出を自粛して、過去に大雪が降った日の風景をお届けしています。先日の記事の常寂光寺を出ると直ぐに落柿舎前の広場が見えてきます。

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ここは風致地区(第一種)に指定され、生産緑地として京都市が買い取って 昔ながらの景観を保存しています。以前は「小倉大納言 実験農場」という看板がありましたが、現在は東側で作物を植えているようです。

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後には「土佐四天王像」幕末の元治元年(1864)坂本竜馬が中岡慎太郎を伴い、長州本陣が置かれた天龍寺の来島又兵衛と久坂玄瑞を訪ねたといいます。像は右から中岡慎太郎、坂本龍馬、武市瑞山、吉村寅太郎。

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西の道を通り落柿舎に向かいます。東の方に比叡山が見えます。

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落柿舎の隣に「嵯峨天皇皇女有智子(うちこ)内親王墓」があります。皇女は女性として珍しく漢詩人として評判を得ました。平安時代初めの810年、初代の賀茂の斎院に選ばれ、847年に40歳で亡くなりました。

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「落柿舎」は江戸時代前期の俳人・向井去来の遺跡です。(前は何度も通りましたが、中に入るのは2年ぶりでした。)

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去来は芭蕉の門人で、芭蕉の言葉に「洛陽に去来ありて、鎮西に俳諧奉行なり」と称えたそうです。(かっては蓑と笠がかけてあったら庵主が在庵、なければ外出中というしるしでした。)

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去来が落柿舎を営み俳諧道場としたのは、貞享4年(1687)以前と考えられています。(台所には、井戸と釣瓶 、竈、流しなどがあります。)

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芭蕉は元禄2年(1689)に初めて落柿舎を訪れ、元禄4年に訪れたときには大堰川、臨川寺、小督局の塚などを訪れて「嵯峨日記」を著しました。

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元禄17年/宝永元年(1704)に去来が亡くなった後、庵は荒廃して場所も分からなくなったそうです。 天井が茅(かや)組になっています。

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江戸時代中期の明和7年(1770)、京都の俳人・井上重厚が嵯峨野(天龍寺塔頭・弘源寺の跡地)に庵を再建し、落柿舎庵主2世となりました。

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その後、弘源寺の老僧の退隠所となって「捨庵(すてあん)」と呼ばれました。

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明治時代初め(1868年頃)、有志により現在の場所に庵が復興され、明治25年(1895)には弘源寺の旧捨庵を移築して現在の建物になりました。

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敷地内には去来、芭蕉をはじめとして10近くの句碑が点在しています。ひとつだけ、向井去来 「柿主や 梢はちかし あらし山」、先に出てきた2世・井上重厚が建てたもので、京都で最も古い句碑だそうです。

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北隣に「次庵」があります。こちら側は柵があって行けませんが、横を通って落柿舎の敷地の奥まで行けます。

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落柿舎は平成23年(2011)から公益財団法人「落柿舎保存会」が管理しています。財団の目的は「俳人向井去来の別業である落柿舎を永久に保存し、俳句並びに俳諧の興隆発展に寄与すること」です。

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次庵は5名から20名までの句会席として利用でき、電話で落柿舎保存会に申し込みます。その角に「投句箱」が設置してあり、拝観者が自分の俳句を投入できます。

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そのうちの秀句は財団が刊行する季刊誌「落柿舎」に掲載され、その季刊誌が秀句の作者に郵送されます。また、年に一度「落柿舎投句大賞」を発表して授賞式を行うそうです。

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ところで、落柿舎の裏(北)にある「謎の広場」は、かっての弘源寺の跡地、西行の草庵跡などの説もありましたが、落柿舎の方に伺うとそれほど古いものではないそうです。

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広場は毎年10月10日前後に行われる「去来祭」の祭場でした。その際、次庵に安置している去来像を、向こうの祠に遷して式典を行うそうです。

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去来祭は去来忌でもあり、昨年は10月10日に317年祭が行われたようです。広場から落柿舎の裏手を眺められます。

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この広場から北に行くと、「西行井戸」があります。西行が出家した後、ここに草庵を営んだ跡と伝わっています。

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西行井戸の西に去来の墓があります。ここには去来の遺髪が埋葬されていて、実際の墓は真如堂にあります。落柿舎にこの墓を詠んだ虚子の句碑があります。「凡そ天下に去来ほどの小さき墓に詣りけり」

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コメント

ただ一面の雪ですね。
ここはでも、住むのは大変でしょうね。
昔の人は本当に凄いと思います。
下手すれば、死にますよね。

投稿: munixyu | 2021年2月 5日 (金) 18:12

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