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2021年2月25日 (木)

雪の京都 妙満寺と雪の庭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

外出自粛中の「雪の京都」は2月末までにしましたので、大雪が降った日の最後に訪れた場所を記事にしています。高野川から上賀茂、岩倉の圓通寺を訪れた後、妙満寺に来ました。

「妙満寺」は、山号を妙塔山という、日蓮宗京都16本山の一つ、顕本(けんぽん)法華宗総本山です。この寺にはその名も「雪の庭」という庭園があります。

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妙満寺は、南北朝時代の康応元年(1389)日什(にちじゅう)上人により、六条坊門室町(現在の、烏丸五条あたり)に創建されました。しかしながら度々の兵火にあい市内各地を移転しました。

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安土桃山時代の1583年秀吉によって寺町二条に移され、以後400年にわたり「寺町二条の妙満寺」と親しまれてきました。「方丈」

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そのときの境内北にあった「中川の井」の井筒、その井戸は能阿弥が定めた「京都七名水」のひとつでした。

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方丈(本坊)が拝観入口です。

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妙満寺が寺町二条にあったとき、俳諧(俳句)の祖といわれる松永貞徳(1571~1663)が枯山水の庭園を作庭しました。当初は塔頭・成就院の庭園でした。

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その庭園は、冠雪の比叡山を借景とした眺望が最も美しいことから「雪の庭」と名付けられました。そして、清水寺・成就院の「月の庭」と北野にあったとされる成就院の「花の庭」とともに、成就院「雪月花の三名園」とよばれました。

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その後、近代になって都市化が進み、日毎に増す喧騒と環境悪化を避けるため、昭和43年(1968)に寺町二条から現在の岩倉の地に移転しました。その際、庭園も石組をそのままに移築して、本坊の庭園として復興しました。

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移築したこちらの庭園からは比叡山が少ししか見えませんが(右奥の山)、岩倉の地は市内より雪が深いので「雪の庭」には違いありません。

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貞徳は1629年二条の妙満寺を会場に正式俳諧興行として「雪の会」を催しました。

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これにより俳諧は、それまでの連歌から独立した文芸として認められるところとなり、後に松尾芭蕉や与謝蕪村などを輩出します。そのため、妙満寺は俳諧(俳句)発祥の地といわれています。

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宝物館には安珍・清姫の伝説の鐘が展示してあります。室町時代前期の1359年、紀州・道成寺で安珍・清姫の伝説以来失われていた鐘を再鋳し鐘供養を盛大に行いました。

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すると、その席に一人の白拍子が現われ、舞い終わると鐘は落下して白拍子は蛇身に変わり日高川へと姿を消してしまいました。その後、近隣に災厄が続いたため、清姫のたたりと恐れられ、その鐘は山林に捨て去られました。

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200余年経った安土桃山時代の天正年間、「秀吉根来攻め」の大将・仙石権兵衛が鐘を掘り起こし京都に持ち帰りました。そして、時の妙満寺貫首日殷大僧正の法華経による供養で怨念が解かれ、鳴音美しい霊鐘となったと伝わります。(展示室内は撮影できません。)

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方丈を出ると、山門の向こうに比叡山が見えます(TOPの写真も)。

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方丈の前には、先ほど出てきた塔頭の「成就院」があります。成就院の住職・ 日如上人が貞徳の俳諧の門下であったことから、貞徳がその庭園を造営することになったようです。この境内には他に三つの塔頭があります。

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「仏舎利大塔」は、昭和48年(1937)妙満寺の信仰を象徴するものとしてインド・ブッダガヤ大塔をかたどって建立されました。

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インド・ブッダガヤ大塔は、釈迦が悟りを開いた地に建つ高さ52メートルの大塔で、全世界の仏教徒にとって最高の聖地であり、かけがいのないものとしてユネスコの世界文化遺産にも登録されています。

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こちらの塔の最上階には当寺に古くから伝わる仏舎利をおさめ、また全国檀信徒の納骨室にもなっています。

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本堂には本尊の釈迦多宝仏を祀っています。

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本堂の前からは比叡山がよりはっきり見えます。

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本堂と方丈をつなぐ現代的な渡り廊下。

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本堂の右手に開山の墓「日什大正師御霊廟」があります。踏み跡がないので近づけません。この右に墓地があり、江戸時代の俳人・柏原瓦全、呉服の老舗「千切屋(ちきりや)」一門、劇作家・花登筐、俳優・山城新伍らの墓があります。

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墓地の奥から駐車場に行けます。ここから、最初にくぐった山門の方に向かいます。

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向こうに見える大書院を中心とした一角が枝垂桜の桜園となっています。毎年4月初旬~中旬頃の満開の時期は夜間ライトアップも行っており、闇夜に写る幽玄的な夜桜が楽しめるそうです。

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「大書院」では落ち着いた雰囲気の中、華道・俳句など伝統的文化活動等に利用できるそうです。

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山門の横に2院の塔頭があります。この後、宝ヶ池の雪景色を見ながら帰宅しました。

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コメント

「雪の京都」は2月末までということで、
更新お疲れ様です。
外出自粛中なのに、いつもより深く冬を感じることが
できました。
楽しい企画ありがとうございます。
来年は生の雪景色が見れるといいですね。

投稿: munixyu | 2021年2月25日 (木) 19:49

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