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2021年2月24日 (水)

雪の京都 あぶり餅と今宮神社

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全て拡大します。

3月7日までの緊急事態宣言について、関西3府県は昨日共同で今月末をめどに解除するよう政府に要請しました。西村大臣は「感染状況や専門家の意見を踏まえたうえで今週中に判断したい」と述べたそうです。

大雪が降った大晦日、上高野の蓮華寺から大徳寺と塔頭を訪れ。ここまで来たのだからあぶり餅をと、今宮神社に向かいました。

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平安遷都以来、人々はうち続く疫病や災厄に悩まされました。このような災難はすべて、不慮の死を遂げた者の怨霊(御霊)の所業と考え、それらを鎮める御霊会(ごりょうえ)が各地で行われました。

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一条天皇の時代の正暦5年(994)6月、当地に祀られていた疫神を二基の神輿に乗せて船岡山に遷座して、それらを慰め奉って悪疫退散を祈りました。これが「紫野御霊会」です。

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その際に、老若男女はこぞって神輿の供をして船岡山に登り、綾傘に風流を施し囃子に合わせて唱い踊り、病魔のよれる人形を難波江(大阪湾)に流したといわれます。これが「やすらい祭」の起源です。「本殿」

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平安時代中頃の長保3年(1001)、疫神は船岡山から再び現在地に遷され、新たに設けられた神殿三宇ともども今宮社と名づけられました。これが「今宮神社」の起源です。お目当ては東の参道にあります。

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残念、2軒そろって仲良く「16日から大晦日まで」お休みでした。この日は、まる一日断続的に雪が降り続きました。

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この東門あたりは『鬼平犯科帳』や『雲霧仁左衛門』などの時代劇のロケ地となりました。雪景色がとっても良い雰囲気です。

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左の「一和」(一文字屋和輔)さん、創業は長保2年(1000)一条天皇の子が疫病を患った時、疫除けの願いを込めてあぶり餅を供えたのがはじまりだとか。現存する日本最古の茶店といわれます。

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応仁の乱の際には飢餓で苦しむ人々にあぶり餅を振る舞い、千利休が茶菓子としたという話も伝わっています。右は、江戸時代から創業400年を迎えた「かざりや」さん。

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「あぶり餅」は、きな粉をまぶした親指大の餅を竹串に刺して、炭火であぶり、味噌のタレをぬった餅菓子です。 下は一和さん。

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こちらは、かざりやさん。どちらも満腹になるほどの量はなく、2軒はしごをしたときもありました。でも、クセになる美味しさで、時々無性に食べたくなります。

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2軒は向かい合っていますが、お店の入り口が少しずれていて、東参道から参拝に来るときは「一和」、帰りには「かざりや」が入りやすくなっています。

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かってはあぶり餅の竹串は今宮神社に奉納された斎串(いぐし)を用い、食べることで病気・厄除けの御利益があるとされました。翌日の元旦から営業とあって、中では賑やかな声がしていました。

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帰宅するために表参道から北大路通に向かいました。雪はまだ降り続いています。

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コメント

こんな雪の日に食べるあぶり餅は、
美味しさ倍増でしょうね。
一和、かざりや。
どっちも美味しそうですね。

投稿: munixyu | 2021年2月24日 (水) 13:04

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