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2021年2月 8日 (月)

雪の京都 大原・来迎院

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

現在外出を自粛して、京都に大雪が降った日の景色をお届けしています。先日の記事の三千院を出て、呂川沿いに来迎院に向かいます。
しばらく坂道を上ると、三千院の境内で横を通った朱雀門が見えてきます。

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更に上ると呂川にかかる橋があり、その先に来迎院の支院「蓮成院」があります。いつも非公開なので、先を急ぎます。

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橋を渡ってさらに上ると、左に来迎院の塔頭「淨蓮華院(じょうれんげいん)」、正面に来迎院の参道入口(門?)があります。

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「来迎院」は、山号を魚山という延暦寺の別院です。山門平安時代の仁寿年間(851~854)に慈覚大師円仁が声明の道場として創建したのが始まりです。山門の正面に庫裏(拝観受付)があります。

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お堂は石段を上った高台にあります。

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平安時代末期に良忍が再興し、融通念仏を始めるとともに円仁に始まる声明を大成しました。

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良忍以後、来迎院は天台声明の根本道場として栄えました。本堂は室町時代の天文年間(1532-1553)に再建されたものです。

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本堂から向こうに見える鐘楼の梵鐘は、室町時代の永享7年(1435)藤原国次作で京都市指定重要文化財です。本堂の前にはツツジが植えられています。

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本堂には、藤原期の薬師(中央)・阿弥陀(右)・釈迦(左)の三尊像(重要文化財)を安置しています。

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来迎院を中興した良忍上人は、比叡山で修業をしていましたが、山門派(延暦寺)と寺門派(三井寺)の対立を嫌って山を下り、勝林院で声明梵唄を学びました。本堂の右に良忍上人の墓への道があります。

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その後、念仏と読経(声明)を切り離して、天台声明を統一して大原声明を完成しました。さらに、融通念仏を創始しました。(良忍上人の墓参道の途中で律川を渡ります。)

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良忍上人は鳥羽上皇の勅願により河内に日本初の念仏道場を開きましたが、最期は来迎院で亡くなり、この場所の葬られました。玉垣の中に三重石塔があります。

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帰りの道は庫裏の横に出るのですが、急な坂道で踏み跡がないので元の道に戻ります。本堂の横を通って鐘楼に向かいます。

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この頃になると青空が見えてきました(TOPの写真)。

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日が差してくると、屋根や木から雪がしきりに落ちてきます。

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山門を出て呂川沿いに更に上ると山道になり、雪がなければ約20分で「音無しの滝」につきます。この日は雪が深くて行くのを諦め、下はさらに数年前の写真です。

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ところで、昨日の京都府の新型コロナウイルス新規感染者は30名で、50名を5日連続で下回っています。(15分ほど上ると山道は律川の横を通ります。)

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しかし、2名の死亡が確認され、病床のひっ迫率も高いのでまだ緊急事態宣言の解除を要請する段階ではないようです。(向うは砂防ダムで、その前で律川を渡り左の斜面をさらに上ります。)

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滝が見えてきました。写真を撮るために滝壺の前に下ります。

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京都では珍しく水量がある滝です。良忍上人がこの滝の前で声明の修行をしてると、滝の音と同調してついに音が消えたという伝説から、音無の滝と呼ばれるようになったそうです。

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もう一度呂川沿いに三千院の方に下り、来迎院と三千院の中間あたりに。勝手神社の鳥居があります。「勝手神社」は三千院、来迎院、勝林院など魚山(ぎょざん)の守護神として崇敬されてきました。  

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創建についてはいくつかの説があります。三千院の寺伝によると、平安時代後期の1125年、良忍上人が声明道の守護神として大和多武峰より勧請したといわれています。(律川を渡ります。律川はこの後三千院の境内に流れていきます。)

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一方、江戸時代の1682年、黒川道祐の『北肉魚山行記』によると、来迎院開祖(円仁?)が吉野山に参詣したとき、吉野の勝手神社の祭礼を見ました。そのとき、神輿が動かなくなり皆が不審に思っていると、小童子の明神が神輿に乗り移っています。

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開祖が声明を唱えたところ神輿は無事に進むことができ、帰山してすぐに勧請し声明の鎮守社としたといいます。(本殿には勝手明神を祀ります。)

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「枡(ます)飾り」この地域一帯では米寿(88歳)のお祝いに奉納する習わしがあるそうです。「米」にちなんで桝と杵(きね)をかたどっています。

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勝手神社を後に、もう一度三千院の石段下まで戻ります。

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コメント

京都に大雪が降った日の景色シリーズは、
いろんな雪景色がみれて楽しいです。
コロナ禍の貴重なシリーズで嬉しい限りです。

投稿: munixyu | 2021年2月 8日 (月) 13:38

★munixyuさん こんばんは♪
雪景色を楽しんでいただき嬉しいです。だんだん暖かくなるので、いつまで続けようか迷っています。

投稿: りせ | 2021年2月12日 (金) 00:52

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