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2021年2月17日 (水)

雪の京都 南禅院・史跡名勝庭園

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

現在外出を自粛して、京都に大雪が降った日の風景をお届けしています。南禅寺境内の水路閣の下をくぐると、石段の上に南禅院があります。南禅院は「南禅寺発祥の地」とよばれ、塔頭ではなく南禅寺の一部(別院)です。

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鎌倉時代の文永元年(1264)、亀山天皇はこの地に離宮・禅林寺殿を造営しました。10歳で即位して15歳となったときです。

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その後、禅林寺殿の一部が焼失し、その跡地に上の御所(松下殿)を建て、住居としました。焼失を免れた部分は下の御所と呼ばれるようになります。(拝観受付を過ぎると方丈の西庭に出ます。)

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現在の建物は1703年(元禄16)、木下利三の縁者、円成院禅尼・徳川綱吉の母、桂昌院により再建されました。内陣には亀山法皇御木造(重文)が安置され、襖絵は狩野養朴とその子如川隋川の筆になる水墨画です。方丈の西庭

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亀山天皇は1274年に25歳で子の後宇多天皇に譲位して院政をしきました。(方丈南庭の大きな池の周囲に散策路があります。)

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この頃、東アジアの情勢は緊迫しており、2度の蒙古来襲という国難に遭遇しました。父の後嵯峨天皇が帰依していた圓爾辧圓(えんにべんねん)禅師(無関禅師の師)に教えを受け、それが精神的な支えでした。

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やがて国難が去った正応2年(1289)に亀山天皇は離宮で出家して法皇となります。そのとき住まいとしていた持仏堂が南禅院です。(昭和の数寄屋建築の茶室「龍淵窟」、ここから右に曲がり池の周囲を巡ります。)

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ところが、まもなく離宮で奇怪な事件が起きました。『文応皇帝外紀』によると、離宮で妖怪が現れたといいます。右は遺言により分骨埋葬された御陵で亀山法皇の坐像(重文)を安置しています。*一山国師塔については後述。

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最勝光院に住んでいた道智上人の霊(物の怪)が夜な夜な出没したといわれました。(ますます雪が激しくなり、池が雪で覆われそうになってきました。)

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庭園は当時のおもかげを残し、鎌倉時代末の代表的池泉回遊式で、周囲を深い樹林で包まれています。作庭は亀山法皇ともいわれ、早くから、京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されています。

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上皇は、各宗派に妖怪の退治を命じ、西大寺の叡尊が呼ばれましたが祈祷の効果はありませんでした。(池の横から方丈が見えます。)

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続いて東福寺の無関普門が呼ばれ、20人の比丘とともに離宮で座禅を続けたところ、異変はなくなりました。上皇は感心して普門を師と仰いで帰依し、離宮を寄進して開山として迎え、南禅寺(禅林禅寺)を開きました。

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離宮が南禅寺となってからも、南禅院(持仏堂)は引き継がれてきました。この池には小島を「心」の字に配した心字島が造られています。池ではなく島で字を造るのは珍しいそうです。

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ところで、分骨所の横に供養塔がある一山国師は、2度の元寇の失敗の後、元が入貢督促(貢物の催促)のため日本に派遣した国使・一寧のことです。鎌倉幕府執権・北条貞時は一寧らを伊豆の修禅寺に幽閉しました。

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鎌倉幕府はそれまでも同様の元使を全て斬ってきましたが、一寧が大師号を持つ高僧であったこと、8年間の滞日経験をもつ子曇を伴っていたことなどから死を免ぜられたと考えられています。

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修善寺で一寧は禅の修養に日々を送り、また赦免を願い出る者がいたことから、貞時はほどなくして幽閉を解き、鎌倉近くの草庵に身柄を移しました。

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幽閉を解かれた後、一寧の名望は高まり多くの僧俗が連日のように草庵を訪れました。これを見て貞時もようやく疑念を解き、建長寺を再建して住職に迎えて、自ら帰依しました。

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一寧は正和2年(1313)に後宇多法皇に招かれて上洛し、南禅寺3世住持に任命されました。一寧は、朱子学を日本に伝え、書や文学にも優れ、五山文学の祖といわれています。池を一周して方丈に戻って来ました。

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一寧は文保元年(1317)南禅寺で病死、花園天皇より一山国師の諡名が与えられました。(方丈を通して南庭)

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コメント

今朝、電話で「京都は雪が降ってる」と、妹に聞きました。暖かい日が続いても、まだ二月やもんね。


投稿: Tacchan | 2021年2月17日 (水) 16:25

少し曇ったりすると、
雪景色は一気に怖い感じになりますよね。
雪って、不思議なものです。

投稿: munixyu | 2021年2月17日 (水) 17:19

★Taccha~n こんばんは♪
午前中までは雪がチラついていました。風が強かったですよ。
明日も寒いそうですが、その後は一気に春に向かうと思います。
自粛自粛で何だか出かけるのが邪魔くさくなりました。

投稿: りせ | 2021年2月17日 (水) 23:53

★munixyuさん こんばんは♪
雪が激しいと、空が暗くなり、景色もモノトーンとなって、怖い感じがするのかも知れませんね。

投稿: りせ | 2021年2月18日 (木) 01:42

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