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2021年2月 2日 (火)

京の節分祭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今年の節分は今日(2月2日)だそうです。外出自粛中なので、過去に撮影したいくつかの寺社の節分祭(さわり)を紹介します。

古来から季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると信じられ、それを追い払うための悪霊ばらい行事が宮中で執り行われていました。節分は各季節の始まりの日で、特に立春の前日を指すことが多いとされます。

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平安神宮の「大儺之儀(だいなのぎ)」は、昭和49年故猪熊兼繁京都大学名誉教授の時代考証によって、平安時代から節分の日に行われてきた朝廷の祓の行事を再現したものです。

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儀式をつかさどる陰陽師が独特の歩き方で斎場に設けられた版(祭壇)の前に進み、祭文(さいもん)を奏上します。

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祭文の途中で、黄金の4つ目の面をつけた方相氏(ほうそうし)が8人のシンシ(子どもの所役)を率いて入場(TOP)、中央に進み3度手に持つ矛で盾を打ち「鬼やらう」と鬼を威嚇する大声を出します。

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次に、上卿が中央に進み、北東と北西に向かい桃の弓で葦矢を射ます。次に、殿上人が桃の杖で、北東・南東・南西・北西と四方を撃ちます。方相氏の矛と楯、上卿の矢、殿上人の杖が、三重に鬼を祓います。

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応天門の前でも、斎場と同様に三重に鬼を祓います。ここまでが宮中の儀式の再現です。室町時代になると、節分の宮中行事は公家や武家にも伝わりました。近世に節分行事が庶民に伝わると、現在のような鬼が出現して豆まきが行われるようになりました。

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平安神宮では「鬼の舞」として、大儺之儀で追い祓われたはずの邪鬼たちが再び応天門から侵入してきます。逃げ遅れた邪鬼たちが再び集結して襲ってくるという設定だそうです。

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ところが、市民の代表に打豆(豆まき)で反撃され、大極殿から追い出されます。追い詰められた邪鬼たちは、応天門から逃げ出し去っていきます。その後、大極殿から「福豆撒き」があります。

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節分祭の最後に応天門の前に造られた龍尾檀下斎場で「大火焚神事」が行われます。祈願を込めて寄せられた「火焚串」が焚き上げられ、厄を祓います。

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吉田神社の「追儺式(ついなしき)」は、「鬼やらい」とも呼ばれ、平安時代初期から毎年宮中で行われていたものを伝承・継承されており、 節分の豆まきの原型となったといわれています。

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吉田神社はかっては宮中の神事を執り行っていて、最も忠実に儀式を伝えているといわれています。3人の神職の手を経て神前にお供え物をして、最後に陰陽師が祭文を奏上します。

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平安神宮と同様に宮中の儀式では目に見えない鬼(邪気)を追い払いましたが、その後実際に3匹の鬼が現れます。

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吉田神社では、方相氏らが鬼を追いかけまわし、鬼たちはたまらず三の鳥居から逃げ出していきます。*吉田神社の厄除福豆は賞品が当たる抽選券が付いていてます。

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最後に、3人の殿上人が鬼が逃げていった方向に、桃の木で作った弓で葦矢(あしのや)を放ちます。鬼が二度と戻ってこないように、それぞれ3本の矢を射ます。

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千本釈迦堂の「おかめ福節分会」は、実際に鬼が出現して豆まきが行われる(近世に始まった)節分祭ですが、おかめ信仰と結びついています。最初は上七軒の舞妓さんの踊りの奉納があります。

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次に本堂前の観客の間をかきわけて、山伏を先頭に鬼やおかめさんなどに扮した奉納者たちがおかめ像の前に集まりました。ここで、「おかめ像前法楽」が行われ、おかめさんに今年の節分会が始まることを報告します。

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「節分厄除祈願法要」 本堂で護摩炊きがが行われ、輪袈裟を身につけおかめの面を頭につけた年男(年女?)たちが厄除けの加持を受けます

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「鬼追いの儀」が始まり、4匹の鬼が登場してきました。赤鬼が親分らしく、打ち出の小槌を武器のように扱います。

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そのうちに豆をまく人が登場して、鬼たちは本堂から追い出され観客の方に逃げてきます。ところが、千本釈迦堂の鬼追いはこれで終わりません。

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鬼たちは、再び勢いを取り戻して本堂に戻り、豆まき人を追い詰めます。

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そこでおかめさんが登場すると、鬼たちはおかめさんの姿を見て戦意を失ってしまいます。おかめさんが鬼たちを優しく諭すと、親分の赤鬼が打ち出の小槌をおかめさんに差出し降参します。

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最後に「招福豆まき」が行われます。ここの豆は殻付きの落花生(ピーナッツ)で、そのほかいろいろな袋が飛んできます。豆をまくときの掛け声は「福は内~」だけで、鬼は改心したので「鬼は外~」はいいません。

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聖護院の「追儺式・福豆まき」は、修験道、山伏のお寺らしくほら貝の音で始まります。 その後、 激しく太鼓が打ち鳴らされ、宸殿で読経が行われます。

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赤、青、黄の鬼が宸殿の前で暴れ回りますが、年女の方々に豆を投げられて降参します。

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追儺式の後、聖護院では鬼も一緒に福豆まきをします。

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最後に「節分会厄除け採燈大護摩供」が行われます。宸殿前の庭には護摩壇が設けられ、周囲にロープを張って結界を作ります。ほら貝の音とともに、総本山の山伏たちが入ってきます。この後面白いことが行われます。

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再びほら貝の音とともにもう一組の山伏がやってきました。こちらは宸殿前で止められ「山伏問答」が行われます。「修験道とは?」「山伏とは?」「宗祖は?」「なぜ獣の皮を身に着けているのか?」などの試問に的確に答えて、

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入場を許されます。現在では儀式の一つになっていますが、かっては護摩供が行われることを聞いて全国から山伏が集まり、その中には偽物も混じっていて本当の山伏かどうかを見極めるためだったそうです。

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邪気を祓い結界を清めるための一連の儀式が行われます。「法弓」で東西南北と護摩壇に矢を射て、「法剣」で九字を切る九字護身法を行い、「法斧」で壇木を清めます。

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儀式を取り仕切る「導師」が祭文を奏上して後護摩壇に点火されます。煙の中で導師が法剣で邪気を祓い、邪気を清める煙が多くでる「乳木」を護摩壇に投げ入れます。

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コメント

2月2日が節分になるのは、
124年ぶりだそうですね。
このコロナ禍に、124年ぶりの2月2日の節分。
これは何か意味があるのかと思ってしまいます。
歴史って、こういうところが面白いですよね。

投稿: munixyu | 2021年2月 2日 (火) 15:10

★munixyuさん こんばんは♪
2月2日の節分が124年ぶりとは驚きました。出会ったのはラッキーなのかも知れませんね。

投稿: りせ | 2021年2月12日 (金) 00:20

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