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2020年12月 7日 (月)

南禅寺・水路閣 2020秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事で、永観堂から鹿ヶ谷通を歩いて、南禅寺三門をくぐり法堂まで来ました。その南にある参道は本坊(庫裏)まで続き、その手前に水路閣があります。

南の参道から水路閣に行く2本の道は、どちらも南禅院の石段に至ります。下は西の道。

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「瑞宝殿」宝物館で、方丈仏間に祀られていた平安時代の貞観年間(859-877)作「聖観音菩薩像」(重文)が安置されています。ヒノキ材の一木造、漆箔、高さ148.5㎝で、下半身の裳衣紋に翻波式があり、古式の貞観仏といわれます。

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「水路閣」今では南禅寺の名所の一つとなっていますが、琵琶湖疏水の当所の計画では山の中をトンネルで水路を通す予定でした。そのトンネル工事は難工事ではなく、計画は順調に進んでいました。

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ところが、工事着工直前にトンネルの上に亀山天皇の分骨所がある事が判明して、宮内庁からストップがかかかりました。そこで、急遽浮上したのが谷に橋をかけて水路を通す現在の水路閣の案です。

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当時の人々には最新の洋風建造物が周囲と調和しているとは思えませんでした。南禅寺をはじめ住民からも反対運動がおこり、福沢諭吉も激しい言葉で計画を批判したそうです。しかし、結局は宮内庁や近代化の御旗には勝てず水路閣は完成しました。

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建設から120年以上たった現在では、このあたりの景観になくてはならない存在になっています。それも、近代化遺産の廃墟ではなく、疏水分線の北部に水を流し続ける現役の施設だからともいえます。

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ところが、平成20年(2008)7月にその橋台で長さ4メートルの亀裂が見つかり、京都市上下水道局はレンガなどが剥がれ落ちる危険があるとして防護工事を行いました。南禅院への階段の西側で、その部分は立ち入りができないようになっています。

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調査したところ、倒壊の危険はなく大規模な改修の必要もないとのことでした。現在は定期的にひび割れの状態を監視しているそうです。このことは、当時の設計・施工の優秀さを裏付けているともいえます。

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水路閣へ至るもう一つの道は本坊の手前にあり(TOPの写真も)、塔頭の最勝院への参道でもあります。

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「波気都歌(はけつか)」 昭和44年京都表具共同組合が建立。刷毛(はけ)は、絵画、染織、表具その他多くの作品、工芸品の製作に用いられてきました。

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多くは動物の生毛を利用しているので、その回向と刷毛への感謝をささげて毎年8月1日を供養の日としているそうです。

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正面の石碑は「駒ヶ滝・不動尊 最勝院 ←」という道しるべとなっています。このあたりは、文永11年(1274)に25歳で子の後宇多天皇に譲位して院政をしいた亀山上皇の離宮がありました。

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亀山上皇は、石段の上の南禅院あたりを上の御所として住居を構えていました。しかし、やがて離宮で起こった奇怪な出来事が契機となり、剃髪して仏門に入り、南禅寺を創建することになります。

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その奇怪な出来事に関係するのが駒ヶ滝、最勝院です。詳しくは別の記事で紹介しますが、亀山法皇は嵯峨の亀山殿で亡くなり、その跡地に建てられた天龍寺に御陵があります。水路閣の南の道を上り、最勝院に向かいます。

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法皇の遺言により上の御所の跡地(南禅院)に分骨所が設けられました。結局、南禅寺を創建した亀山法皇が、水路閣を建造するきっかけともなりました。振り返って。

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水路閣の上、鉄柵の向こうは南禅院の前で、蹴上疏水公園から疏水分線沿いに南禅院まで散策路があります。

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蹴上から北に流れていた疏水分線は、水路閣では山の傾斜に沿って東向きに変わり、このあたりで再び北向になります。

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ここから疏水分線はトンネルになり、若王子で再び地上に現れて哲学の道沿いに北上します。

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コメント

水路閣は、もう120年以上経っているのですね。
そろそろ補強がいるかと思ったら、
既にレンガがはがれて、一部防護工事していましたか。
こういう建物の管理も、これからの課題になっていきそうですね。

投稿: munixyu | 2020年12月 7日 (月) 14:49

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