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2020年11月18日 (水)

東福寺 紅葉の通天橋2020

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事に続いて、東福寺・通天橋の拝観をしました。日下門を入ると左に「殿鐘楼」(下の写真の手前)と「経蔵」(中央)があり、その向うに拝観受付があります。

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拝観入口を入ると、今までとは違い最初に境内西の台地を通り、通天橋が帰り道になるように順路が決められていました。おろらく、通天橋での混雑を避けるためだと思われます。

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苔地に植えられた楓が色づき始めています。東側に見える「橋廊」は仏殿(本堂)から方丈を経由して開山堂・普門院まで続いています。

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東福寺の開山の円爾弁円(1202-1280)は駿河国(静岡県)に生まれ、久能山で天台教学を学び、園城寺で得度、奈良東大寺で受戒、上野国・長楽寺の栄朝から禅を学びました。(三ノ橋川の谷に下ります。)

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1235年に34歳で宋に渡り、杭州径山の無準師範の法を嗣ぎました。1241年に帰国すると、博多に崇福寺、承天寺、肥前に万寿寺などを開山、1243年に東福寺に開山として招かれ、1258年建仁寺を再興しました。

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その教えは純粋な禅だけでなく真言・天台もまじって禅宗を広めたので、1269年東大寺大勧進職に就くなど、臨済宗以外の宗派でも活躍して信望を得ました。(谷から通天橋が見える場所があります。)

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宋から多くの仏典、書籍とともに水力による製粉機械の図を持ち帰り、日本で製麺を起こしました。また、杭州径山の茶種を持ち帰り、静岡茶の茶祖となりました。谷の「洗玉澗(せんぎょくかん」の石橋が見えてきました。

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また、疫病が流行していた博多で、円爾が町人に担がれた施餓鬼棚の上に乗り、水を撒きながら疫病退散を祈祷したのが「博多祇園山笠」の始まりとされます。現在でも各曳山は、円爾が開いた承天寺に奉納のため立ち寄るのが慣例だそうです。

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谷から北西の台地へ上る坂道からも通天橋がよく見えます。

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こちらの台地は日当たりがよく、紅葉の色づきも進んでいるようです。

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「愛染堂」(重文) 丹塗りの八角円堂で南北朝時代の建築。昭和12年万寿寺より移築されました。祀られている愛染(あいぜん)明王は、仏と人との間にあり、愛によって両者を結ぶとされ、大日如来または金剛愛菩薩と同一視されることもあります。

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「月下門」 文永6年(1268)の開山堂(常楽庵)創建時に亀山天皇が下賜されたと伝わります。現在は普門院の総門となっています。

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南北に谷を渡ってきた橋廊が東に少しずれる場所で、月下門から続く石畳の参道が交わります。ここからは石段となって高台に上ります。

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途中で橋廊が東から北へ曲がるところがあり、そこから方丈(左)と奥に仏殿が見えます。

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「開山堂」(重文、府指定文化財) 開山の円爾弁円は鎌倉時代の1280年に没し、一条実経が常楽庵(現開山堂)を贈ったとされます。左は東福寺創建後の1246年に建造された弁円の住居「普門院」現在修復工事中です。

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開山堂には常楽庵の扁額がかかっています。円爾弁円は鎌倉幕府の帰依を受け、1311年に天皇から「聖一国師」の名を贈られ、最初の国師となりました。

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開山堂にお参りする際の手水鉢

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もう一度橋廊を戻り、向うの普門院参道に出ずに南(左)に向かいます。

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「通天橋」 南北朝時代の1380年、普明国師(春屋妙葩、しゅんおくみょうは)が、三ノ橋川の対岸に渡るために架け、通天と名づけたといいます。

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通天橋は江戸時代後期の1829年に架けかえられ、1959年の伊勢湾台風により破損、1961年に再建されました。西には最初に渡った「臥雲橋」が見えます。

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通天橋が架かる前は、僧侶は深い渓谷を上り下りしなければなりませんでした。通天橋の幅は2.7mで、仏殿(本堂)と開山堂を結ぶ橋廊の長さは約140mあります。

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通天橋の長さを27mとしているサイトが多く見られますが、おそらく中央部分だけの長さだと思います。東には方丈があります。

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方丈から伸びている「通天台」、こちらも見晴らしがよさそうです。

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下の峡谷「洗玉澗」には楓が多く、その内三葉楓は開山の聖一国師が宋国から持ち込んだものといわれています。様々な色合いに紅葉しています。

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最初に通った台地には様々な石碑があり、下は高松宮宣仁親王夫妻の記念植樹の碑。

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向うが橋廊の出口、この後、非公開文化財の特別公開を見に行きました。

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コメント

第三波でどうなっていくのか、わかりませんが、
人の出入りは、だいぶ戻っているようですね。
紅葉。この辺りは、ちょうど見頃ということでしょうか。
綺麗ですね。
なんといいましょうか、癒されます。
自然って、やっぱりいいものですよね。

投稿: munixyu | 2020年11月18日 (水) 19:23

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