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2020年11月24日 (火)

東福寺・龍吟庵と三玲の庭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日東福寺を訪れたときに、いくつかの塔頭の特別公開がありました。庫裏の横を東(山側)に行くと、龍吟庵(りょうぎんあん)と即宗院の案内の看板が出ています。

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庫裏の裏に回ります。

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東福寺境内の北を流れる三橋ノ川には、上から下へ「偃月橋」「通天橋」「臥雲橋」と3本の橋が架っています。偃月(えんげつ) 橋は龍吟庵への参道にあります。

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三橋の川の渓谷・洗玉澗は深く、このあたりでは日当たりが悪いようでまだ紅葉が始まっていませんでした。

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「龍吟庵」は、東福寺第3世で南禅寺開山である無関普門(むかんふもん、1212-1291、仏心大明国師)の塔所(墓所)として、入寂直前に創建されました。表門

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表門の右手にある東門から入ります。

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右の「庫裏」は下屋と廊下(見えませんが)とともに安土桃山時代の1603年に建造(重文)。左が拝観する方丈(国宝)で、室町時代の1387年に建立され、現存する日本最古の方丈建築といわれます。

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「無の庭」は方丈の南庭で、白砂を敷いただけのシンプルな庭です。砂紋は直線で向うの竹垣には稲妻模様が施されています。方丈を囲んだ東西南の三庭は、重森三玲氏の昭和39年(1964)の作庭です。

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「表門」(重文)は、安土桃山時代の建造。正面は板扉、1間、一重、切妻造で妻入の杮葺です。部屋の内部は撮影できませんが、中央の「室中の間」には本尊の宝冠釈迦如来が祀られています。

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「龍門の庭、清光苑」 南庭の垣根の向こうは様相が一変します。

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龍吟庵に因み、龍が海中から黒雲を得て昇天する姿を石組みにより構成した枯山水庭園です。雲を黒砂によって表し、所々に出ている石は雲間から出ている龍の身体の部分です。

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中央の三つの石は龍の頭と2本の角を表し、龍は円を描いて回っています。 精巧に描かれた砂紋が龍と雲を引き立てています。

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北庭とも稲妻模様の竹垣で区切られています。

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方丈の北庭(背後)には「開山堂」があり、大明国師坐像(重文)を安置しています。

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室町幕府3代将軍・足利義満筆の扁額「霊光」が掲げられています。方丈の正面には同じく義満筆の扁額「龍吟庵」が掲げられていますが、写真が撮れませんでした。

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方丈の東庭は「不離の庭」です。鞍馬の赤石を砕いたものを敷き、中央(写真では右寄り)に長石を臥せ、その前後に白黒の石、その周囲にもいくつかの石を配置しています。

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国師が幼少の頃、熱病にかかって山中に捨てられた時、二頭の犬が国師の身を狼の襲撃から守ったという故事にならったものだそうです。下の右が黒犬で右の国師(写真では見えません)を守り、狼を追い払っています。

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この庭が表す物語を知ると、それぞれの石の表情や態勢が分かり、緊迫した場面が想像できます。

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コメント

庭を見ているだけでも、癒されますよね。
自粛生活でしんどいときに、こういう庭とか美術品の
大切さがわかります。
心の癒しは大切ですよね。

投稿: munixyu | 2020年11月24日 (火) 18:53

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