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2020年11月25日 (水)

秋の吉田山を歩く 吉田神社

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は吉田山周辺に行ってきました。京大正門前(旧東一条)のバス停から東は吉田神社の参道でもあり、突き当りに一の鳥居(上)、さらに行くと、吉田山の麓に二の鳥居(下)があります。

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吉田神社の創建は古く、平安時代前期の859年に藤原山蔭が春日の神を勧請して平安京の鎮守神にしたのが始まりです。「祖霊社」講員(信者の集まり)の祖霊を祀る末社ですが、創建の詳細は不明です。

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摂社「若宮社」天忍雲根命(あめのおしくもねのみこと)を祀ります。本宮に祀られている天之子八根命と比売神の子の水徳の神。かって本宮に無社殿で祀られていましたが、昭和23年(1648)ここに遷座、後に摂社となりました。

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この坂(吉田山の西斜面)には活断層の花折断層が走っています。断層が繰り返し水平ずれを起こし、地面が隆起したのが吉田山だそうです。この断層ではM7.3程度の地震が発生する可能性があると推定されています。

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鎌倉時代初期以降は吉田流卜部(うらべ)氏が代々吉田神社の社司となり、次第に社格が上がり南北朝時代には正一位を授けられました。

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社司で卜部家17代の吉田兼煕(かねひろ)は、永和4年(1378)京都室町にあった自宅の敷地を足利義満に譲り、足利幕府は室町幕府ともよばれました。そして、それまで名乗っていた「室町」を返上して、吉田神社に因んで、家名を「吉田」としました。

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摂社「神楽岡社」 大雷神(おおいかづちのかみ)、大山祇神、高龗神(たかおかみのかみ)を祀ります。水を司り、雷除け、神楽岡地主の神として信仰されてきました。延喜式にも記され、吉田神社本宮創建の頃には既に鎮座していました。

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室町時代中頃の1484年、吉田兼倶(かねとも)は唯一神道(吉田神道)を唱え、将軍・足利義政夫人の日野富子などによる寄進をもとに、山上に斎場所太元宮を造営しました(後で通ります)。

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安土桃山時代から江戸時代にかけて、吉田神社は将軍や朝廷から厚遇されました。本殿の前にある「拝殿」、ここで追儺式など様々な神事が行われます。

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特に、神祇官八神殿が宮中から大元宮に遷され、神祇官作法は大元宮で行うこととなり、吉田家は全国の神職に許状を発行する立場になりました。神祇官とは、律令制で太政官と並ぶ最高官庁で、朝廷の祭祀をつかさどり、諸国の官社を総轄しました。

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本宮(本殿)には、健御賀豆知命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いわいぬしのみこと)、天之子八根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)を祀ります。

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また、明治まで宮中の神事を取り仕切っていたことから、吉田神社の節分祭が、宮中に伝わる追儺式をもっともよく現在に伝えているといわれています。

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社務所・授与所、節分の頃は大混雑します。

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社務所には、様々な看板がかかっています。「吉田講社」「吉田氏子講社」「竹中稲荷講社」「菓祖神社敬神会」「山蔭神社敬神会」とともに「藤影婦人会」の看板があります。

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吉田神社節分祭のチャリティー事業(福豆や厄除けぜんざいなど)の奉仕をして、収益を毎年福祉施策のために市に寄付をしています。このあたりで一本だけモミジがありました。

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摂社「若宮社」天忍雲根命(あめのおしくもねのみこと)を祀ります。本宮に祀られている天之子八根命と比売神の子の水徳の神です。もともと本宮に無社殿で祀られていましたが、慶安元年(1648)にこの場所に遷座して、後に吉田神社 摂社に定められました。

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「神鹿像」吉田神社の創建時に、藤原氏の祖神で、祭神の健御賀豆知命が白鹿に乗って春日大社から吉田山西麓に鎮座したという伝承にちなんで建立。昭和32年の吉田神社御鎮座千百年記念事業として、しばらくの間生きた鹿が飼われていました。

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「龍澤池」 吉田山はかっては神楽岡といい、平安京造営以前から雷神を祀る霊地でした。ここに奈良の猿沢の池を模した池をつくったところ、どんな日照りでも水が枯れず、村人たちは池の周りで雨乞いの儀式をしたと伝わっています。

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「菓祖神社」果物の祖と言われる橘を日本に持ち帰った田道間守命(たぢまもりのみこと)と日本で初めて饅頭をつくった林浄因命(はやしじょういんのみこと)を祀ります。京都菓子業界により昭和32年創建。

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ここから吉田山を越える道になります。

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「山蔭神社」藤原山蔭と恵比須神を祀ります。昭和32年の吉田神社御鎮座1100年大祭を記念して、昭和34年に全国料理関係者が創建した神社です。

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山蔭神社の前が開けていて見晴らしがよいことに気付きました。吉田山は里山としての手入れがされず、椎や樫など常緑樹の大木が増え、マツ枯れやナラ枯れも問題となっていました。

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京都市、地域住民、大学、神社、企業などによる「吉田山の里山を再生する」活動によって、次第に見晴らしがよくなってきました。この日は空気が澄んでいて、左大文字がはっきり見えました。

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「斎場所 大元宮」 吉田神道で宇宙軸を現す大元宮は、始まりの神(虚無大元尊神)を中心に祀り、そこから生まれ来る八百万の神々を祀ることで、全国の神々の様々な御神徳を授かることができるとされます。

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かって室町にあった社を吉田兼倶が文明16年(1484)に当地に造営、吉田神道の根元殿堂です。正月3日間と節分祭、および毎月1日に限り、大元宮の本殿や東西諸神社などの特別参拝があります。

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「三社社」海の神の多紀理毘売命(たぎりひめのみこと)・狭依毘売命(さよりひめのみこと)・多岐津毘売命(たきつひめのみこと)、山の神の金山毘古命(かなやまひこのみこと)・金山毘売命(かなやまひめのみこと)、知識の神の菅原神(すがわらのかみ)を祀ります。

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三社社は南参道と表参道の合流地点にあります。ここから山道は竹中稲荷神社の鳥居をくぐり吉田山の峠に向かいます。

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コメント

吉田という姓の人は、此処に繋がっている人が多いのかもしれませんね。
凄い家系だったのかと思うと、
吉田という人を見る目がなんとなく変わりますよね。

投稿: munixyu | 2020年11月25日 (水) 15:58

★munixyuさん こんばんは♪
吉田という家系はいくつかあるようで、唯一神道を創始したのは卜部氏の系統です。吉田兼好もこの家系で、明治になってからは子爵となり由緒のある家系といえます。

投稿: りせ | 2020年12月 3日 (木) 01:26

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