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2020年10月 5日 (月)

転法輪寺と関通上人

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の五智山蓮華寺を出て山の方に向かって歩くと、転法輪寺(てんぽうりんじ)があります。下は分かれ道に駒札と御室大佛の絵。

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「転法輪寺」は山号は獅子吼山(ししくさん)という浄土宗知恩院派の寺院で、初めて記事にします。 まっすぐ行くと山門がありますが、右の方の道を行きます。

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江戸時代中期の宝暦8年(1758)、北野天満宮の滝ケ鼻町(上京区)に関通(かんつう)上人が創建したのが始まりです。「鐘楼門」、楼上に大きな梵鐘が載っています。

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江戸時代後期刊行の『都名所図会』には、築地塀に囲われた広い境内に本堂、礼堂、学寮といった建物と流水もある苑地が描かれ、『都名所図会拾遺』では「真に殊勝な浄域」と賛美しています。

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大正時代、転法輪寺は後に総本山知恩院門跡となる山下現有僧正を住持に迎え、さらに隆盛しました。しかし、関通上人の頃には京の西の果てであった北野もその当時には既に市街の喧噪の中でした。

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轉法輪寺の阿弥陀様は西方におられるべきとの声のもと、更に西方に移転することになりました。既に知恩院門跡となっていた現有僧正の援助により、昭和4年(1929)弟子で住職の山下俊孝和尚によって現在地の御室に移転してきました。

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鐘楼門は平成21年(2009)に再建されたもので、竜宮造りで『都名所図会』記載の図に似た様式となっています。扁額「獅子吼山」が架かっています。

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大釣鐘は創建当時の江戸時代中期に桜町天皇菩提のために鋳造され、典侍・即心院殿により撞き初めの儀が行われました。高さ2.7m 、重量は4tあり、洛陽中有数の名鐘とされました。室内の写真は昨年の京の冬の旅のガイドブックからです。

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ところで、開山の関通上人(1696-1770)は、尾張国に生まれ、12歳で剃度し元教と号し、その後江戸の三縁山や増上寺で修学し、20歳のとき詮察大僧正より宗戒両脈を相承しました。 「玄関」

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関通と名乗ったいきさつがあります。江戸からの帰路、箱根の関所を通る旅人の通行手形を見て、人間界の苦悩という関所も本願念仏の「南無阿弥陀仏」という手形があれば脱出できると悟ったことによるそうです。「庫裡」の玄関

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京都、大和、南海、九州などを巡り布教の努め、他宗の迫害が続く中、10余り寺の建立・改修を行い、弟子1500人、受戒者3000人、弥陀尊号施与27万枚といわれています。

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本堂と書院の間の渡り廊下、向うに庭園があるようです。

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本堂は移転時の再建で、本尊「阿弥陀如来坐像」は2丈4尺(7.2m)の大仏、五色の光背中央に鏡が飾られ、桜町天皇(1720-1750)の追福のために寄進されたものです。本尊が大きいため、外観が2層のような造りになっています。

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首には天皇宸翰の名号一軸、新中和門院と即心院殿の祈願文を納め、胎内には恵心僧都(942- 1017) 作とされる念持仏の阿弥陀如来1体、関通染筆の造立意願文を納めています。新中和門院は桜町天皇の生母、典侍の即心院殿は女官の最高位です。

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本尊を北野から御室に遷した際、当時の市電の架線を竹竿で持ち上げて移動させました。しかし、どうしてもくぐれない場所があり、架線を切断したそうです。「御室大佛」と呼ばれ、京都で一番大きな仏像です。

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本尊の背後の厨子内に珍しい「裸形阿弥陀如来像」が安置されています。室町時代作像の高3尺(90㎝)、名工・賢問子(けんもんし)の作といわれています。来迎印を結び、裸形像としては日本で五体の一つだそうです。

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この像には逸話があります。飛鳥時代の620年頃、舒明天皇皇后(後の皇極天皇)は子に恵まれず、春日の明神を後宮に招き日夜祈請を行い、程なくして懐妊しました。

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陰陽博士らが女子であると占うと、皇后は皇女を皇子に変えることを願って再度21日間の祈願を行いました。満願の日に春日の明神が夢に現れ、阿弥陀の功徳により女子が男子に生まれ変わることができると告げました。

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皇后が眠りから覚めると、苦しみもなく皇子(後の天智天皇)を産んだといいます。皇后は、夢の中に現れた阿弥陀を仏師・賢問子に造らせ、天智天皇、天武天皇、持統天皇の御守本尊として後宮に祀らせました。(本堂の前には多数の石仏・石碑があります。)

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現在では安産の信仰があります。一昨年、寺の蔵でこの像の来歴に関する江戸時代の巻物が発見され、伝承のとおりに室町時代に造仏されたことにが書かれていたそうでう。

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寺宝の「釈迦大涅槃図」は作者不明ですが1764年の作と伝わっています。縦5.3m、横4.9mの絹地に釈迦の誕生から入滅までの様子を描いています。

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境内は綺麗に手入れされ、様々な秋の花が咲いていました。

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この山門を出て、さらに山の方に向かいました。

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