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2020年10月19日 (月)

延暦寺 阿弥陀堂と東塔

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

延暦寺の最後の目的地に向かうためバスセンターからの参道に戻り、そこから西の坂道を上ります。

右の高台に「戒壇院」(重文)があり、内陣に釈迦如来座像、文殊、弥勒両菩薩が祀られています。重要な建物で、天台宗の出家者はここで受戒して初めて正式な僧として認められます。修復工事中のようです。

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弘仁13年(822)伝教大師最澄の没後7日目に延暦寺に戒壇の勅許があり、その後の天長5年(828)初代天台座主義真によって戒壇院が創建されました。現在の建物は延宝6年(1678)の再建。*過去の写真です。

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この先は東塔エリアの一番高い場所で、下を比叡山ドライブウェイのトンネルが通っています。

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広い石段の上に阿弥陀堂の屋根が見えています。石段を通らずに左の坂道から上ることもできます(上の地図)。

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「阿弥陀堂」 昭和12年(1937)に比叡山開創1150年大法要を記念して建立され、本尊は丈六の阿弥陀如来です。檀信徒の先祖回向の道場で、一般の方の回向法要もしているそうです。

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中央右「四十八願度衆生(どしゅじょう)」は「阿弥陀如来は、菩薩であった時に立てた48の願にもとづいて全ての人々の苦悩を解放し」、左の「九品威令登彼岸」は「あらゆる人々を極楽浄土に導いてくれる」という意味だそうです。

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阿弥陀堂の右の「寂光堂」は納経所で、手前に小さい庭園があります。

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庭園には綺麗な音を奏でている水琴窟があります。

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広い石段の横にも庭があり、休憩所にもなっていて右に大きな枝垂桜があります。

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阿弥陀堂と左隣の東塔(宝塔)は回廊でつながっていて、中央が楼門になっています。二つの建物をあわせて「法華総持院」といいます。楼門をくぐって北に行くと、最初に訪れた山王院に至ります。

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「法華総持院東塔」 本尊として大日如来をはじめとする五智如来が祀られ、塔の上層部には仏舎利と法華経が安置されています。昭和55年(1980)の再建。

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最澄は、弘伝9年(818)国土と国民を護ることを祈念して「日本国大徳僧院記」を著し、日本を6区に分けたそれぞれに一塔ずつの宝塔を建立する計画を説き、その中心をこの東塔としました。途中の坂道の説明板

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古地図によると、多宝塔を中心に東に灌頂堂、西に真言堂を配した一塔両堂式だったとみられ、現在の建物配置は二重の東塔を中心に北に阿弥陀堂と寂光堂、南に灌頂堂が回廊でつながっています。

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こちらが「灌頂堂」で後ろに廻廊が見えます。

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上の伽藍配置は昭和62年(1987)の伝教大師最澄の比叡山開創1200年大法要の記念行事として再建されたもので、約四百年ぶりにかっての姿が再興されました。下の石碑に東塔の由来が日本語と英語で刻まれています。

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如来像と石仏が噴水の中にいるのは珍しいかも。左の「諸善奉行塔」は諸々の善行を行うことを祈念した塔で、仏道の修行、悟りへの道筋の一つを示しています。

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鐘楼は昭和58年(1983)坂本の讃仏堂より移築したものだそうです。

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帰りの最終シャトルバスの時間が迫り、急いでバスセンターに戻ります。向うは平和の鐘。

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コメント

最後の写真。
如来像もマスクしているのですね。
くまモンも飛行機も石仏も。
いろんなものが、みんなマスクしているというのも、
後で振り返ると、面白いことでしょうね。

投稿: munixyu | 2020年10月19日 (月) 15:43

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