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2020年10月17日 (土)

延暦寺 大講堂へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

シャトルバスに乗って西塔から延暦寺バスターミナルまで来ました。ここは東塔地域とよばれ、伝教大師最澄が延暦寺を開いた「延暦寺発祥の地」で、根本中堂、阿弥陀堂、大講堂など重要な建物が集まっています。

「元亀の兵乱殉難者鎮魂塚」 元亀の兵乱とは信長の比叡山焼討ちのことで、塚は平成4年に拝観受付の横に建立されました。昨日紹介したのぼり「ちょこっと関西 歴史旅 知られざる善政 明智光秀 10月1日~12月27日」があります。

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近年の発掘調査で大規模な火災跡や遺骨が出土していないことから、実際には明智光秀が焼き討ちしたのは一部の堂宇で死者もほとんどいなかったという説もあります(学説の主流ではないようですが)。

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「国宝殿」入口のそばにあり、国宝・重要文化財、寺宝数百点から選んで展示しています。常設展「仏教美術と信仰」に加え「比叡山の不動明王展」が行われています。

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昨日(16日)のニュースで、延暦寺が所蔵する護法童子像の中から、金色の不動明王像が見つかったと発表がありました。仏像から不動明王像が見つかるのは全国的にも珍しいとされ、本日から展示されるそうです。

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坂道の参道の両側には、比叡山が生んだ名僧や伝教大師の生い立ちを説明した絵があり、平成18年(2006)の天台宗開宗千二百年に修復されたものです。

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坂を登ったところに伝教大師のおしえの「一隅を照らそう」という石碑があります。「人は懸命に生きれば一隅を照らすことができ、それが集まれば世が明るく照らされる。個々が今できることを一生懸命がんばろう」という意味だそうです。

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「大講堂」 昭和39年(1964)に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。本尊は大日如来で、その左右には比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祀られています。

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講堂とは、僧侶が法華経の講義を聞いたり、お互いに問答をして勉強する学問修行の道場です。

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大講堂の裏に重要な二つの建物があります。

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「前唐院」平安時代に創建され、唐から来日した僧や帰国した僧の住居でしたが、後に唐院(後唐院)が建立されたため、こちらは前唐院と呼ばれます。お祀りしている慈覚大師を偲ぶ華芳会が催されます。

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「瑞雲院(法華三昧道場)」かつては教光坊と呼ばれ、江戸時代に再興されて瑞雲院と改称されました。現在の建物は昭和48年(1973)再建されたもので、法華経を論じる大講堂の政所となっています。

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「世界平和の鐘」 延暦寺では毎年8月に宗教宗派の壁を超えて世界平和を祈る「比叡山宗教サミット(世界宗教者平和の祈りの集い)」が行われ、33回目になる今年は8月4日に規模を縮小して行われました。

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趣旨に賛同する全国の寺院教会でも式典の開始時刻に合わせて「平和の鐘」が鳴らされ、世界平和と新型コロナウイルス感染症の終息を祈りました。通常は誰でも鐘を撞くことができます。

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鐘楼の横の石段を下ると、木の間から大津方面の景色が見られます(最後の写真)。途中に「登天天満宮」があります。大宰府に左遷させられた菅原道真は都を恋い焦がれるあまり、死後に怨霊となって天変地異が相次ぎ、人々は怨霊を恐れました。

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怨霊は、比叡山の法力に優れた尊意和尚(後の天台座主)が怨霊を封じようとするところに襲い掛かりました。しかし、和尚の説法に悔い改め、自分を祈るものは災厄から逃れると約束して、十一面観音になって天に上ったという言い伝えがあります。

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「奉納牛像」奉納した福田海(ふくでんかい)は、霊場旧跡の復興、無縁仏の祭祀、池溝のしゅんせつなどの奉仕をする宗教法人です。その開祖・中山通幽は、神仏分離令後の困窮した延暦寺に不滅の法灯の種油を自ら背負って寄進し続けました。

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その縁によって、明治31年に不滅の法灯は福田海に分灯されたそうです。石段を振り返ると少し木の葉が色づいています。

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「万拝堂」 平成にできた新堂で、右には売店があります。

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日本全国の神社仏閣の諸仏、諸菩薩、諸天善神を勧請し、合わせて世界に遍満する神々をも共に迎えて奉安して、日夜平和と人類の平安を祈願しているそうです。御朱印もあります。

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「一隅を照らす会館(一隅会館)」 参拝者のための無料休憩所で地下に「鶴喜そば」があります。ここで一服したいところですが、閉門まであまり時間がないので先を急ぎます。

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「延暦寺事務所」 今年の「世界宗教者平和の祈りの集い」は天台宗と延暦寺の役職員だけで右の同記念碑の前で行われ、式典はyoutubeで動画配信されたそうです。郵便配達の車がここまで登ってくるのですね。

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「大黒堂」 最澄がこの場所に大黒天を祀り、大黒天信仰発祥の地といわれています。大黒天、毘沙門天、弁財天の顔をもつ三面大黒天が本尊で、出世大黒天ともいわれています。ここから根本中堂に向かいます。

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コメント

元亀の兵乱殉難者鎮魂塚ですか。
いつの間にか時代も変わって来たものですね。
この延暦寺焼き討ちも、どの程度のものだったのか、
はっきりとわかってはいないということで、歴史は
謎だらけですね。

投稿: munixyu | 2020年10月17日 (土) 13:28

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