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2020年9月19日 (土)

大黒町 浄福寺通上立売上る

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

雨宝院西門の前の通りを北に行くと寺之内通と交差します。ここから北の通りは先日記事にした「智恵光院通」で、北大路通の大徳寺南塀まで続きます。

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寺之内通を西に行くと浄福寺通との交差点に「京西陣 菓匠宗禅」があり、わらび餅などの生菓子、あられなど焼き菓子のお店です。 

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「ととや」、ちりめん山椒のお店です。ここから浄福寺通を南に歩きます。このあたりから上立売通(本隆寺の北)までが大黒町です。

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「茶房宗禅」 宗禅の喫茶室で、各種飲み物やアイスクリーム、お菓子などがいただけます。

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暖簾に「礫翔」、看板には「京都金銀糸工業協同組合156号」とあります。 箔工芸作家の裕人礫翔さんのギャラリーで、金箔を用いた西陣織が見られるようです。

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「和久傳」 紫野和久傳の本社です。和久傳は1980年京丹後市に旅館として開業、1982年に料亭・高台寺和久傳を開店、1993年にお弁当・和菓子などの物販・紫野和久傳を開店、2003年には分社しました。

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「野々村織物株式会社」編み物用品、布や繊維・生地の会社です。

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「ギャラリー紫織庵」 2018年「京のじゅばん&町家の美術館 紫織庵」がリニューアル、店内では紫織庵の「京のじゅばん」が見られます。京友禅ゆかたもあり、ネット販売しているそうです。

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「大根屋」 平成16年に建てられた井筒の織工房です。井筒は宝永2年(1705)初代井筒與兵衛が五条新町西入るで創業した法衣商から始まり、平成19年に井筒クループの様々な部門を子会社として独立させました。

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「ストロベリーセブン」 板金屋さんです。板金は建物や様々な調度や製品に使われ、こちらでは瓦以外の屋根も扱っています。町家を中心に寺院や茶室などの屋根もしているそうです。

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「長艸繍巧房(ながくさぬいこうぼう)」 京繍は、刺繍で描かれた仏像として大陸から伝わり、平安京には繡技の職人を抱える縫部司が置かれ衣服の装飾に使われ、現在に伝わっています。

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「須佐命舎(すさめいしゃ)」 出雲にあった「東須佐小学校」の廃材を利用して、平成7年に織成館の新館として建築。設計は宮大工の修行を積んだ米国人マイケル・ アンダーソン、「和」の趣にアーリー アメリカンの雰囲気が漂います。サロンとして各種会場にも利用可。

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「テムザック中央研究所」 (株)テムザックは2000年に創立されたロボット受託開発サービス「X-ROID」の会社です。製品は、建築作業、遠隔操作、警備・監視やコミュニケーション、スマートモビリティなどの分野で活躍しているそうです。

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新型コロナウイルスの流行の中で、ロボットや自動機械の需要が高まっているようです。テムザックでは、開発した自動駆け付け介護ロボットに、障害物をよけながら自動で除菌して回る機能を追加したそうです。

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「織成(おりなす)館」平成元年(1989年)に、西陣織の手織ミュージアムとして開設。建物は昭和11年に渡邉文七の「店兼住まい」として建てられた伝統的建物の「西陣織屋建(おりやだち)」です。

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右の「渡文」は西陣織の織元。渡邉文七は幼少にして父と死別、15歳で京都に出て、西陣山下槌之助機業店に丁稚として奉公、後に番頭に昇進。明治39年長子出生を機に独立を決意し、山下家から別家を許され「渡邉文七機業店」を創業しました。

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渡文さんの前が休憩所となっていて休んでいると、テムザックから2台の車が出てきました。後で調べるとRODEM(ロデム)というスマートモビリティだそうです。

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電動車いすなどと同様に公道や屋内外を自由に移動できる車で、日常生活の移動手段や観光地のレンタルなどを想定。公道で実証実験を行っているところでした。楽しそうでしばらく眺めていました。

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広場の横は駐車場で、その奥が花壇となっていて様々な草花が植えられています。

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「天鵞絨(ビロード)美術館」 運営する(株)杣長は、1933年に杣長太郎が手織り機で和装ショール用輪奈天鵞絨の製造を開始、1970年代前半からジョーゼット製の服地や化粧用パフ地の製造、現在ではスマホなどの液晶画面製造に使われるラビングクロスも製造。

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レトロな建物の「医療法人永原診療会浄福寺診療所」。この南が上立売通で大黒町はここまでですが、先ほどの駐車場の裏に寄り道します。

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「岩神神社」 二条堀川付近にあった霊石が六角通(岩上通六角辺り)に遷され、更に中和門院(後陽成天皇の女御の一人で後水尾天皇の母)の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたといいます。

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吼え出したり、すすり泣いたり、あるいは子供に化けた伝説に因んで「禿童(かむろ)石」とも呼ばれました。 持て余した女官たちがたまりかねて蓮乗院という真言宗の僧を呼んだところ、彼はその石を貰い受け、現在地に遷し祀ったとされます。

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その際に「有乳(うにゅう)山 岩上寺」と称しました。以降、授乳、子育て の信仰を集め、地元では「岩上さん」と呼ばれています。寺は享保の大火(西陣焼け、1730)で堂舎が焼かれ、「天明の大火」(1788)では荒廃の極みに達しました。

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明治維新の際には廃寺となりましたが、大正年間に織物業の千切屋(ちきりや)が敷地内に祠を構え、以降岩上神として現在に至ります。

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コメント

この辺りは、商業関係の建物が多いのですね。
紫野和久傳と和久傳は、分かれているのですね。
知りませんでした。
旅館が和久傳、物販が紫野和久傳。
旅館の方も気になりますね。
かなり高いような気がしますが・・・。

投稿: munixyu | 2020年9月19日 (土) 18:24

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