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2020年9月22日 (火)

浄福寺通を歩く 今出川から一条へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

浄福寺通を今出川から南に歩きます。上は今出川通の北から浄福寺通、下は「栃尾木工」。

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今出川通の南の「中筋通」、約500mほどの短い通りです。豊臣秀吉の都市改造事業から江戸期ごろにかけて生まれた通りのようで、名の由来は須磨町通(現今出川通)と元誓願寺通の間にあることからだそうです。

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「京都町家すたじお」 (株)ジョイフルまるやまが運営するフォト・スタジオです。結婚式(前撮りも)、成人式、七五三などの記念撮影をします。着物をレンタルして室内セットや室外ロケ撮影もしています。

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「京の温所 西陣別邸 #5」「京の温所」は京町家を「宿」ではなく「おうち」として活用、ホテルや旅館のようなサービスはないいわゆる一棟貸しです。#1岡崎から#8竹屋町まであり、現在予約が取れにくい状況です。

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「元誓願寺通」を渡り今来た方向を振り返って。角は「たにじりや 」、わかさ宅配センターと書いてありますが牛乳屋さんです。「元誓願寺通」は東の新町通から西の七本松通まで約1.5キロの東西の道です。

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豊臣秀吉の都市改造によって生まれた道路で、その名はかっての誓願寺にちなんでいます。誓願寺は同じ都市改造によって寺町に移転、明治に寺域が新京極に縮小されました。

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「西陣 結(ゆい)」、ゲストハウスです。

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「壺中(こちゅう)珈琲店」 町工場のような外観ですが、画家と音楽家のご夫婦が経営、中に工房・ギャラリーもあります。珈琲は自家焙煎、ネルドリップ、豆にこだわる本格派で、店内はご主人が描いた様々な千人が戯れるアートな雰囲気だそうです。

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このあたりは浄福寺通笹屋町上るだそうです。笹屋町は、かって竹藪だったこの地を開拓して新しく織屋が移り住んだことが由来だそうです。

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向うに「笹屋町通(ささちょうどおり)」が見えます。大宮通から七本松通までの約800mの道で、 沿道には大きな商家や町屋が並んでいます。

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「YOGA 藤源教室」 いわゆる京町家ヨガです。看板には「藤源工務店」とも書いてあり、こちらはご主人のお仕事のようです。

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通りの名の由来となった浄福寺(右)と慧光寺(左)の間を通ります。 こちらは浄福寺の西門(赤門)で、南門(正門)の方に向かいます。

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「本田商店」失礼ですが業種が分かりません。このあたりの「正親(せいしん)学区」は、智恵光院通にかけて秀吉が造営した聚楽第があった場所で、その名は時の正親町天皇に由来しています。

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右手にある短い脇道は浄福寺通を同じくらいの道幅ですが、「福本町西路地」で住民専用の私有地(関係者以外立入り禁止)だそうです。

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「ECCジュニア浄福寺一条教室」

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浄福寺通は「一条通」に突き当たります。下は一条通から歩いてきた浄福寺通を振り返って、左は「理容タカハシ」。

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一条通を10mくらい西に行ったところから再び浄福寺通が始まります。ここからの浄福寺通は南の丸太町通を越えて、二条城北を通る「竹屋町通」まで続いています。

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浄福寺通の南には行かず一条通を西に行くと「うらら」、閉まっていますが、炉端焼 お好み焼 鉄板焼mのお店です。

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「千ひろ」 手作りの京佃煮(ちりめん山椒)のお店。現在(9月中旬~10月中旬)季節限定の「子持鮎」を販売。お腹いっぱいに子が詰まった鮎を山椒でじっくり煮込んであり、要予約とのことです。

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「Cafe1001」 「文化総合研究所」の看板もありますが、チョコミントのパフェやココアが有名な喫茶店で、期間限定でサンドイッチやカレーライスもあります。浄福寺の南門はもうすぐです。

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コメント

この辺りは、結構狭いのですね。
街らしい街といいましょうか。
小さくまとまった感じがします。

投稿: munixyu | 2020年9月22日 (火) 17:23

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