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2020年8月 3日 (月)

六請神社 衣笠と等持院の守り神

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

少し前のことになりますが、龍安寺を訪れた後、等持院の南門前の通りにある六請(ろくしょう)神社を訪れました。

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「六請神社」の始まりは飛鳥時代とみられていますが、詳しいことは分かっていません。

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当初は、衣笠山山麓の開拓者の祖神を祀り、衣笠御霊あるいは衣笠岳御霊とよばれていました。祖神は天照国照神(あまてるくにてるのかみ)または大国御魂神(おおくにみたまのかみ)とされています。

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天照国照神は天照大神とは別の神で、一般には天火明命(あめのほあかり)とよばれ、日本神話に登場する太陽や熱の神です。ほあかりは穂赤熱とも書かれて稲穂が熟した様子を表し、農業の神でもあります。

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いつしか、天照国照が天照大神など六神を勧請して、祭神は六請神と呼ばれるようになりました。「手水舎」、向うは真如寺の参道です。

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平安時代後期から安土桃山時代にかけて衣笠山は葬送地となり、当時の六地蔵信仰と神仏習合して、六の字が社号に加えられ、祭神も六柱に限定されたとみられています。「拝殿」

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六地蔵とは、衆生が輪廻転生する6種の世界のそれぞれで苦しみを救ってくれる地蔵菩薩です。あの世へと旅立つ死者を六地蔵によって加護してもらうという信仰が平安時代以後盛んとなりました。

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本社には、祭神として伊勢大御神(いせのおおみかみ)、石清水大神(いわしみずおおかみ)、賀茂大神(かものおおかみ)、松尾大神(まつおおおかみ)、稻荷大神(いなりおおかみ)、春日大神(かすがのおおかみ)の6座が祀られています。

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伊勢大御神は天照大神のことで、当初の祖神・天照国照は除かれました。拝殿の中に神幸祭で町内を巡行した神輿の轅(ながえ、担ぎ棒)の中央部分が飾ってあります。平成10年まで150年以上使われたものだそうです。

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南北朝時代の1341年足利氏が等持院を建立すると、その鎮守社として境内に勧請されました。また、安土桃山時代以後は真如寺の鎮守社にもなりました。(右の石標は昭和17年の本殿改築、左は年号が分かりませんが本殿修復の記念です。)

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一方、周辺の松原村や等持院門前村の産土神として人々にも信仰され、「六請明神社」、「六所明神」、「春日明神」などともよばれたようです。横から「本社」(本殿)が見えます。

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明治の神仏分離令によって六請神社は現在地に遷りましたが、現在でも等持院や真如寺の鎮守社、周辺地域の守り神として信仰されています。「社務所」

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祭礼として、初祭(1月)、節分祭(2月3日)、勧農祭(7月)、出御祭(10月)、神幸祭(10月)、火焚祭(11月)などが行われます。

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特に、10月の最終日曜日に行われる神幸祭には大勢の人が集まり、神輿は念仏寺と等持院まで行って差し上げをして気勢を上げます。本社の左奥に「祭器庫」があります。

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前日の宵宮際では、つきたての餅がふるまわれ近所の立命館大学の学生によるよさこい踊りがあるそうです。

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本社の右手に唯一の末社「力石神社」があります。江戸時代初め頃から、祈願して石を持ち上げればあらゆる力を授けられるといわれてきました。

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小さいながらも手水鉢もあります。

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現在では、清められた小石が社務所で授与され、性別、年齢、祈願事を書いて奉納すれば、石を持ち上げたと同じご利益があるとされます。

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コメント

詳しいことはわからないとはいえ、
飛鳥時代由来の寺が今もあるというのは、凄いことだと思います。
応仁の乱でも、燃やされなかったのかもしれませんね。
歴史が古いと、なんとなくご利益があるような気がします。

投稿: munixyu | 2020年8月 3日 (月) 15:40

★munixyuさん こんばんは♪
お返事が滞りすみませんでした。昔の人は信仰心があったから、廃れてしまった神々でも粗末にできなかったのでしょうね。

投稿: りせ | 2020年8月11日 (火) 22:24

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