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2020年7月 2日 (木)

大石神社と赤穂事件

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の福王寺・極楽寺の南にある大石神社を訪れました。上は本殿、下は一の鳥居。

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「大石神社」は、昭和10年(1935)浪曲師・吉田奈良丸の提唱を受けて、当時の京都府知事が大石神社建設会の会長となり創建され、忠臣蔵で知られる大石内蔵助良雄を祀っています。

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この付近は、元禄14年7月から元禄15年9月まで大石内蔵助が隠棲し居宅を構えた地です。下は、吉田奈良丸の叙勲を祝い、当時の岸大阪府知事が「耐雪梅花香」と揮豪した記念碑です。

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忠臣蔵は、「赤穂事件」と呼ばれる史実をもとにしていますが、創作作品なので様々な脚色や存在しなかった出来事も含まれています。ここでは、実際に起きた赤穂事件を振り返ります。「手水舎」

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事件は元禄14年3月14日 (旧暦) (1701年4月21日)、浅野内匠頭長矩(たくみのかみながのり)が、江戸城松之大廊下で吉良上野介義央(よしひさ)に斬りかかった事に端を発します。「社務所」

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浅野は取り押さえられ運ばれる途中、吉良に遺恨があり止む追えず討ったと繰り返したといわれます。忠臣蔵では吉良上野介のいやがらせに耐えかねて斬りつけたとされていますが、実際には不明です。「宝物館」

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事件当時、江戸城では幕府が朝廷の使者を接待している真っ最中だったので、場所がらもわきまえずに刃傷に及んだ浅野に対し、第五代将軍徳川綱吉は激怒し、(宝物館で)

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幕府は浅野内匠頭に即日切腹を言いつけ、浅野が藩主を務める播州赤穂浅野家は改易、赤穂城も幕府に明け渡すよう命じました。(「りく」は大石蔵之介の妻です。)

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一方、吉良に対しては将軍から見舞いの言葉がかけられました。当時、喧嘩は両成敗(両方を処罰)と決まっていましたが、この事件は浅野の一方的な暴力だったと確認されました。「二の鳥居」

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しかし、浅野家家臣達は浅野のみ刑に処せられた事に反発、筆頭家老の大石内蔵助を中心に対応を協議しました。反発の意思を見せるため、籠城や切腹も検討されましたが、

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この段階では浅野内匠頭の弟である浅野大学を中心として、浅野家再興の道も残されており、籠城は得策でないと判断されました。一方、江戸に詰めている家臣には強硬派がいて、吉良を討ち取る事に強くこだわっていました。

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彼らは赤穂へ行き内蔵助に籠城を説きますが、彼はこれに賛同せず赤穂城は予定通り幕府に明け渡されました。本殿には大石内蔵助良雄を祀り、大願成就のご利益があるとされます。

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内蔵助は浅野の三回忌までは待つべきだと急進派を説得し(山科会議)、お家再興の嘆願書を提出しました。しかし、浅野大学の閉門が決まりお家再興の道は閉ざされてしまいます。

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大石内蔵助や江戸急進派をはじめとした旧浅野家家臣は京都で会議を開き(円山会議)、内蔵助は吉良邸に討ち入る事を表明、そして元禄15年12月14日 (1703年1月30日)討ち入することになります。「大石蔵之介像」

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「義人社」 大坂の豪商・天野屋利兵衛を祀っています。利兵衛は、赤穂藩出入りの商人で、内蔵助らの潜伏を支援し、吉良邸討ち入りの際には武器を調達したといわれています。

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「大石桜」、かって内蔵助の隠れ家にあった桜を移植したものといわれています。毎年12月14日に行われる「山科義士まつり」の到着点で、4月には「さくら祭」が行われます。

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最近では、様々な資料から歴史上の人物の病気を推定して、その行動に与えた影響を考察することが行われています。侍医の寺井玄渓日記には浅野には「痞え(つかえ)」の持病があり、事件の3日前に薬を調合したと書かれています。

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腹部発作と不機嫌症状を伴う軽いてんかん発作、典型的な統合失調症(精神分裂病)、強迫性障害などの説があり、事件は何らかの精神的な疾患による発作的な行動だったのは確かなようです。「天神うし」

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一方、大石内蔵助を始めとする赤穂浪士はお家再興のために奮闘し、主君の仇を討った忠臣として後の世に称賛されます。可愛いポニーが飼われています。

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吉良上野介は地元では名君といわれていますが、忠臣蔵での人物像が定着していて、明智光秀のように復権するには時間がかかりそうです。

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コメント

この事件は、肝心なところがぼやけて、
いつまでも腑に落ちない気がします。
刀を抜くとどうなるのかは、わかっていたはず。
一体何があったのか。
謎ですが、何かが隠蔽されている、そんな気がします。

投稿: munixyu | 2020年7月 2日 (木) 13:03

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