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2020年7月 4日 (土)

山科神社 宇多天皇と宮道氏

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の大石神社の社務所の横から、山沿いの道を行くと「大石大夫 遺髪塚 岩屋寺近道」の道標があります。しばらく水平な山道を歩き、

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岩屋寺の境内に出ます。歴史上の話のつながりから、岩屋寺は後で訪れることにして境内を横切ると、

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「山科神社」の参道に出ます。

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石段の上が社務所のようです。

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この参道は麓の新大石道から続いています。

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社伝によると、「山科神社」は平安時代前期の寛平9年(897)宇多天皇の勅命による創建といわれ、当地の豪族・宮道(みやじ)氏の祖神ともいわれます。下は「一の鳥居」で、ここから急な参道を上ります。

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当初から山科神社の祭礼「山科祭(やましなのまつり)」が存在したことが知られ、『本朝月令』では、寛平10年(898)3月に山科祭が官祭とされたと書かれています。

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当時、山科栗栖野(山科区)には豪族・宮道弥益(みやじのいやます)が住み、娘の宮道列子(れっし)は公卿の藤原高藤(たかふじ)に嫁いでいました。「拝殿」

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藤原高藤は左大臣・藤原冬嗣の孫で、正三位・内大臣となり、小一条内大臣、勧修寺内大臣などと呼ばれました。「手水舎」

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列子と高藤が出会った経緯は『今昔物語』の「高藤の内大臣の語」などに記され、下級貴族の娘が公卿の高藤と結ばれたことは当時の人々に「玉の輿」として話題となったようです。「神庫」

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鷹狩が趣味だった高藤は、15、16歳の時に鷹狩のため南山階(現在の山科区)に来まし。にわかに雨が降り始め、馬の口取をしている舎人とともに通りがかった郡の大領である弥益の屋敷で雨宿りをしました。

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勧められて弥益の邸に1泊した高藤はその娘に一目ぼれして一夜の契りを結びました。翌日、鷹狩から帰らぬ息子を心配して待っていた高藤の父・良門は激怒し、高藤が今後鷹狩に行くことを厳しく禁じてしまいます。

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それから6年後、舎人の案内とともに高藤はようやく列子と再会すると、列子には娘がいました。6年前の一夜で宿した子でした。紫式部は二人の子孫で、源氏物語の光源氏と明石の方の恋のモデルといわれます。

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父の弥益は山城宇治郡の郡司となり、882年には従五位上、主計頭(かずえのかみ)に昇りました。(石段上の本殿と石燈籠2基は江戸時代の創建で、京都市の有形文化財に指定されています。)

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さらに、二人の間に生まれた藤原胤子(いんし)が宇多天皇の女御となりました。宇多天皇は当時権勢を誇っていた藤原氏に対抗して菅原道真を重用したことで知られます。

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そして、胤子が醍醐天皇(在位:897-930)の生母になり、山科の豪族だった宮道氏は醍醐天皇の外戚(外曾祖父)となりました。山科神社が創建され、その山科祭が官祭となったのはこの頃です。

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本殿には、日本武尊、その子・稚武王(わかたけのみこと)、宮道弥益、列子を祀ります。一方、896年に没した胤子を弔うために、醍醐天皇の命により898年に宮道神社が創設され、弥益の邸宅が寺に改められて高藤の諡号から勧修寺と名付けらました。

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928年には山科神社に正四位下が授けら、山科祭(4月と11月)には勅使が遣わされ、走馬10頭が奉じられたといわれています。以後、「山科一ノ宮」とも呼ばれ、この地の総社、産土神(うぶすながみ)として住民の崇敬を集めました。

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かつては社領を丹波、山城に持ち、社殿も大きかったといわれますが、応仁の乱から戦国時代ににかけての度々の兵火のために焼失、社領も消滅したようです。(末社が並んでいます。)

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安土桃山時代から江戸時代にかけて、当社の奥の院だった「岩屋神社」と勧修寺にある「宮道神社」とあわせて、岩屋三社とも呼ばれました。「権殿」、本殿の仮社です。

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江戸時代の元禄年間、大石内蔵助がこの地に隠棲、後の忠臣蔵の流行とともに、山科神社は再び脚光を浴びます。「護国社」

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その最有力候補地とされるのが山科神社の神宮寺(神仏習合時代に神社を管理する寺)であった岩屋寺ですが、明日の記事の予定です。

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コメント

列子と高藤の出会い、
なんか今のドラマでも通じるような話ですね。
雨がドラマを生むのは、
今も昔も変わらないのでしょうね。

投稿: munixyu | 2020年7月 4日 (土) 16:29

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