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2020年6月17日 (水)

銀閣寺 新緑の名勝庭園

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事につづいて、銀閣寺に入りました。「銀閣寺」は正式名称を慈照寺、山号を東山(とうざん)という臨済宗相国寺派の寺院で、相国寺の山外塔頭でもあります。

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かってこのあたりには「浄土寺」という天台宗の寺院があり、現在でも地名にその名が残っています。修学院や一乗寺と同様に左京区の広域地名で、浄土寺が頭につく町が13あります。「総門」

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平安時代中期から皇室からの入寺が続き、宮中の祈祷や権力者・藤原道長の病平癒祈願なども行われました。しかし、室町時代の応仁の乱で浄土寺は焼失しました。

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「銀閣寺垣」は総門から中門にいたる約50mに渡る生垣で、下から石垣、竹垣、椿の生垣の3段になっています。建仁寺垣を模したともいわれています。

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1473年室町幕府8代将軍・足利義政は将軍職を退き、浄土寺跡に山荘の造営工事を始めました。後土御門天皇から、山荘に東山殿という名が贈られ、1483年には常御所が建てられて義政が移り住んだといいます。(拝観受付の横にある「中門」)

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1486年義政の持仏堂の「東求(とうぐ)堂」、1489年「観音殿」(銀閣)が完成し、東山文化とよばれる粋をつくした数々の仏殿、邸宅や庭園が造られました。「玄関」

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「銀閣」(国宝) こけら葺き二層建てで、下層は心空殿と呼ばれる書院造りの住宅風、上層は潮音閣と呼ばれる禅宗仏殿風の部屋となっており、観音像を安置しています。前に「錦鏡池(きんきょうち)」があります。

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庭園には、義政の浄土信仰が反映され、作庭は義政が重用していた善阿弥の子・小四郎、孫・又三郎、配下の彦三郎、左近四郎などによると考えられています。錦鏡池の中央に「分界橋」、手前に銘石「北斗石」。

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建築資材や庭園の樹木は、小川御所、室町殿跡、仙洞御所跡などから調達、あるいは、武将、公家、寺院から寄贈されたといいます。銀閣の脇に寺の鎮守の「八幡神」が祀られています。足利氏の祖先の清和源氏の氏神でもあります。

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建物と庭園は、江戸時代初期の1615年に宮城丹波守豊盛、1639年にその孫・豊嗣により大幅に改修されました。下は「向月台」 白川砂で造られた盛砂で、銀閣からの眺めを考慮した、あるいはこの上から月を眺めたともいわれています。

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広く平らな盛り砂は「銀沙灘(ぎんしゃだん)」と呼ばれ、白川砂は光をよく反射し、月光を部屋に導く役割もあったといわれています。(この日はあちこちで庭の手入れをしていました。)

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1490年義政が山荘で亡くなると、その遺命によって東山殿は慈照寺という寺に改められました。 寺号は義政の法号「慈照院殿喜山道慶」にちなんでいます。「本堂」(京都市指定文化財)は江戸時代初期に宮城豊嗣により再建、本尊の宝冠釈迦如来坐像が祀られています。

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「東求堂」(国宝) かつて足利義政の持仏堂として阿弥陀三尊像を安置していました。現在は、室町時代の秘仏「阿弥陀如来立像」、および、没後間もなく造られた法衣姿の「足利義政像」が安置されています。ときどき特別公開されます。

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ちなみに、東求堂の名称は経文「六祖壇経」にある「東方の人、念仏して西方に生ずるを求む」に由来するそうです。東方の人とは悟りにいたらず迷う人、西方は浄土のことです。向うが本堂です。

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錦鏡池が東求堂の前まで回り込んでいて、こちらにも名石があります。中央は「坐禅石」。

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「大内石」 寄進した大内政弘(1446-1495)は守護大名です。祖父の義弘も足利義満の北山第(金閣寺)造営に人数の供出を求められましたが、諸大名の中で唯一拒否し、義満に恨まれて後に挙兵して討たれました。

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安永9年(1780)の「都名所図会」によると、 錦鏡池には細川石、畠山石、山名石などもあったようです。錦鏡池の名石は「諸侯石」とも呼ばれ、いずれも義政が半強制的に献上させたと考えられています。

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橋を渡ったところに、樹齢500年といわれる槇の大木があります。

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山裾に来ると「洗月泉(せんげつせん)」が湧き出ています。洗月は水面に映る月がさざ波で洗われているように見えるという意味だそうです。

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向うに東求堂があり、手前の「白鶴島」には三尊石が建てられ、左右に石橋があります。三尊石は鶴の頭で、左右の石橋は翼を表しているとか。

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順路はこのあたりから山の斜面を上っていきますが、その手前に東求堂の方に向かう分かれ道が2本あります。下の道は通行できませんが、上の道を行くと、

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行き止まりに「弁財天」が祀られています。弁財天は水の神で、庭の池や川を守っていると思われます。最初に見た八幡神とともに、7月中旬に「八幡・弁天祭」が行われるそうです。

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コメント

静けさの広がる銀閣寺。
この静かな感じこそが、本来の銀閣寺なのでしょうね。
今しかわからない静けさなのかもしれません。
夏は金閣寺より銀閣寺の方が、
涼しさのある静けさがあって、いいような気がします。

投稿: munixyu | 2020年6月17日 (水) 16:01

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