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2020年6月23日 (火)

金閣寺 北部の史跡をめぐる

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

金閣寺の鏡湖池から離れて、境内の北に向かいます。授与所の裏の「榊雲(しんうん)」は鹿苑寺の鎮守社で春日明神を祀ります。ここからしばらく斜面の下の道を東に行きます。

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下は「銀河泉」 鹿苑寺の前身の北山殿を開いた足利義満は茶を好み、この水を用いたといわれています。

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「巌下水(がんかすい)」 義満が手水に用いたとされます。

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金閣寺垣 この石段は通れませんが後で上の方に行けます。

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「龍門滝」と「鯉魚石(りぎょせき)」 中国の「登龍門」の故事にちなみ、義満の北山殿以前の西園寺家の遺構といわれます。この日は水がの勢いが凄かったです。

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一段高い場所にある「安民澤」は、日照りの際にも水が涸れず、現在でも鏡湖池の水源地となっています。隣に白蛇塚のお賽銭のためにせき

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「金閣寺垣」 間柱に丸竹の立子を一列に配し、下部は半割竹の押縁が立子を挟み込み、上部に3本の半割竹の玉縁が渡されています。

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安民澤の南東はちょっとした展望台になっていて、真横から金閣が眺められます。

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池の東の坂道を上がり散策路では一番の高台に向かいます。

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 中央の多宝石塔は「白蛇の塚」で基部に四面仏が彫られています。西園寺家は鎮守として弁財天を祀ってようで、白蛇はその使いとされます。

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茶室「夕佳亭(せっかてい)」 1680年後水尾天皇の逝去にともない、当時の住持が金森宗和に命じて建立したといいます。幕末の1868年に焼失、1874年に再建。夕佳とは夕日に映える景色が佳(よろし)いという意味だそうです。

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「富士型の手水鉢」 室町幕府8代将軍足利義政の遺愛といわれています。義満の没後しばらくして北山殿は禅寺(鹿苑寺)となりました。義政はしばしば鹿苑寺に参り、東山殿(後の銀閣寺)造営の参考にしたといわれています。

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「貴人榻(とう)」 昔高貴な方が座った石とされ、室町幕府から移譲されました。腰掛けて記念撮影することができます。

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夕佳亭から拝観路は下りになり、最初に入った黒門(表門)の方に向かいます。途中にある「不動堂茶所」。

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「不動堂」 当初は西園寺家の別荘に造られ、鹿苑寺の時代にも存続、安土桃山時代の天正年間(1573-1592)に中納言・宇喜多秀家によって再建されました。

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本尊の「不動明王立像」(重文)は、弘法大師作とされる秘仏で、「石(いわ)不動」、「北山不動」ともいわれ、節分と8月16日に御開帳されます。脇壇には木造の「不動明王像」が安置され、どちらかの不動明王が西園寺家の時代の本尊だったと考えられています。

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足利義満の山荘・北山殿は金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたとされ、一休禅師の父である後小松天皇も招かれたといわれます。一休さんの絵馬もあります。

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不動堂の横に外国語のおみくじの授与機があります。

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拝観領域の出口の門の横に「茶枳尼天(だきにてん)」が祀られています。梵語では「ダーキニー」といい、大黒天所属の夜叉神でしたが、日本では中世以降稲荷神と同一視され、繁盛の神として信仰されてきました。

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平成24~27年にかけて境内の東北で発掘調査が行われ、「北山大塔」のものとみられる金属製飾り「相輪」の破片が下の売店の裏で発見されたと発表がありました。ここから下り坂になります。

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相輪は塔の最上部から突き出た装飾部分で、輪が9つ重なる九輪の破片3個が見つかりました。金メッキが施され、復元すると相輪は直径約2.4mと巨大なものです。発見場所はこの売店の裏です。

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義満は相国寺に七重大塔を建立、高さ約109mで国内の歴史上最も高い木造建築物だったといわれています(東寺の五重塔は55m)。しかし落雷で焼失、北山殿で1404年から北山大塔の建築を始めました。

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北山大塔も同規模とみられていましたが、その場所や完成したかどうかも不明でした。塔があった基壇跡は、表門近くにある広場の西にある(ほぼ長方形の)高まりではないかと推定されています(上の写真)。

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相輪が発見されたことから塔が完成した可能性が高まったと考えられています。表門の前の祠の横のバス停は廃止され、龍安寺・仁和寺の方に行くには西大路通まで出なくてはなりません。

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境内で見かけたニャンコ、写真を撮らせていただきました。

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コメント

京都の茶会の水は、そう言えば
湧き水が多いのかもしれませんね。
まあ、水道の無かった時代を考えると
湧き水や川がないとできませんよね。

投稿: munixyu | 2020年6月23日 (火) 14:29

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