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2020年5月24日 (日)

緑の東福寺と櫛笥通

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

東福寺は現在、通天橋及び方丈庭園の拝観を休止しています(境内には入れるようです)。以下の新緑の頃の過去の写真で、東福寺の歴史や建物の説明はありません。「月下門」 

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「臥雲橋」

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臥雲橋は境内を流れる三ノ橋川(中谷)に架かる「三名橋」のひとつです。

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紅葉の頃のここからの眺めはおなじみですが、現在は新緑の頃も美しいところです。)

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しばらく塀に沿って南に歩きます。

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「日下門」(重文)ここが境内への入口になり、夕方には閉じられます。ここから入って、建物を見ながら境内を一周します。

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「禅堂」(重文) 

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「東司(とうす)」(重文) 

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「六波羅門」(重文) 

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「三門」(国宝)

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楼上内部には諸仏が並び、天井や柱には明兆と弟子による極彩画が描かれています。三門、本堂、勅使門、方丈と主要な伽藍が中心線上に並びます。

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「浴室」(重文)

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「本堂」(仏殿兼法堂)

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今日の「気になったもの」は、東寺の北にある「櫛笥通(くしげとおり)」です。平安京の「櫛笥小路」が当時の道幅のまま残っている京都で唯一の通りだそうです。

櫛笥小路は、南の十条通から北の松原通までの南北の通りで、現在は東寺、東海道本線、梅小路公園などによって中断しています。下は、 東寺の「北大門」(重文、鎌倉時代前期再建)から北の方向。

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通りの名は、平安時代この地に「櫛笥大納言」という人物が住んでいたことに由来し、当初は平安京の一条通と九条通の間を走っていました。北大門の外には東寺の塔頭「観智院」があります。

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しかし、平安京の大内裏や神泉苑の建設、平清盛の邸宅である西八条殿、後には豊臣秀吉による聚楽第の造営によって相次いで分断されました。当時塔頭の「宝菩提院」

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聚楽第の廃城後、江戸時代に二条城の周辺地域の整備が行われると、かつての通りに相当するように、城より北にあたる区間に日暮通が、南の区間に神泉苑通が開通しました。

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櫛笥通はそれよりさらに南の区間のみの通りとなり、明治以降も東海道本線梅小路貨物駅(現在の梅小路公園)などでさらに分断されました。昔の面影を残しているのは、東寺の北大門から北総門の間ともいえます。

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「北総門」(重文)は鎌倉時代前期の建立で、左に不動明王が祀られています。時間が遅かったので閉門しています。

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東福寺に戻り、「庫裡」は方丈や本坊庭園の拝観入り口になっています。

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「勅使門」とその向うに「方丈」

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方丈の横に「通天橋」への拝観入り口があります。

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「経蔵」

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「殿鐘楼」 

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コメント

櫛笥通り、行ってみたいと思いながら実現
していません。
平安時代の道がそのまま残っているなんて
凄いですね。
こういう道を牛車がゆらりゆらりと行き交っていたのかと。
想像するだけでわくわくします。

投稿: 8mama | 2020年5月24日 (日) 10:57

嬉しい若葉の緑ですね。
見てるだけで癒されます。
櫛笥通は、ことごとく分断されていったのですね。
場所的なことだと思いますが、
ほとんど残ってないというのは残念ですよね。

投稿: munixyu | 2020年5月24日 (日) 17:02

★8mamaさん こんばんは♪
櫛笥通の昔の面影が残っていると書きましたが、実際はどうか分かりません。ただ、道幅が昔のままというのは確かなようです。

投稿: りせ | 2020年5月28日 (木) 23:35

★munixyuさん こんばんは♪
JRの線路ができたことが大きいですね。それに、平安京のメインストリートの朱雀大路が、現在では市の中央から随分西になってしまいました。

投稿: りせ | 2020年5月29日 (金) 00:59

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