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2020年5月26日 (火)

妙心寺派 退蔵院と多福院

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

緊急事態宣言が全国で解除され、京都の寺社も拝観を再開したところがでています。あらためて最新の情報をお知らせしますが、今日はいままでのように、過去の季節の写真と気になったものを紹介します。

退蔵院は妙心寺山内寺院の中でも屈指の古刹で、国宝の瓢鮎図を所蔵しています。

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「退蔵院」は室町時代の応永11年(1404)に越前(福井県)の豪族・波多野重通が、妙心寺3世の無因(むいん)禅師を開山として創建したのが始まりです。(右に拝観受付があり、順路は正面の庫裏の左に回ります。)

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当初は、波多野家の下屋敷(千本松原)に建てられ、その後妙心寺境内へ移転。応仁の乱で焼失しましたが、1597年に亀年禅師によって再建され、現在に至ります。(猫ちゃんの横に、小さな布袋さん)

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「大玄関」(重文)江戸初期の富豪・比喜多宗味居士(ひきたそうみこじ)の寄進で、高貴な方の出入り以外は使用されませんでした。 唐破風が直線になっていて、袴の腰のような形から「袴腰(はかまごし)造り」と呼ばれます。

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「方丈」(重文)は、慶長年間(1596-1615)の建築で、織田信長が足利義昭のために建立した将軍邸を移築したともいわれています。  

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左は「瓢鮎図(ひょうねんず)」(国宝、複製)。瓢箪でなまずを押えるという禅の公案(こうあん)を、相国寺の僧・如拙(じょせつ)が足利将軍のために描いたものです。如拙は中国水墨画の新様式を学び、日本の水墨画の先駆者となりました。

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方丈の西にある「鞘の間」から「元信の庭」が見えます。室町時代の絵師・狩野元信(もとのぶ、1476-1559)の作庭の枯山水とされ、国の史跡・名勝に指定されています。

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枯滝・蓬莱山・亀島と石橋など多数の庭石が豪快に組まれ、全体としてみごとに絵画的な調和を保っている名園とされています。

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つづいて・・・余香苑に入ります。 門の上にも「瓢箪となまずが2匹」、正面に大きな紅枝垂桜があり、左右に枯山水の「陰陽の庭」があります。

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左は、白川砂を用いて明るい「陽」を表現、砂紋の美しい石庭です。

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右の庭は、黒っぽい安曇川の砂を用いて「陰」を表現しています。天気が良過ぎて、おまけに強烈に暑い日でした。

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「余香苑」は造園家の中根金作が昭和36年(1961)に作庭した池泉回遊式庭園です。散策路は枝垂桜で左右に別れ、左を行くと「羅漢石」があります。青もみじの下を進みます。

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広々したお庭「余香苑」。中根金作氏作庭で昭和の名庭です。

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「サツキの花で一面ピンク」とはなりませんが、今が見頃だとか。

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庭の西端の藤棚が陽を遮り、憩いのひとときを与えてくれました。

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藤棚の下から

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花菖蒲、蓮、睡蓮・・・と、これからも花の季節が続きます。

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暑くても水を見ると一息つきますね。

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今日の「気になったもの」は、龍安寺塔頭の多福院です。龍安寺の参道の途中、南門のそばにあります。

龍安寺も臨済宗妙心寺派で、門の前に「大雲山龍安寺」という大きな石標が立っています。こちらの写真は初秋に龍安寺を訪れたときのものです。

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「多福院」 室町時代中期(戦国時代)の文明14年(1482 )鉄船宗熈(てっせんそうき)によって創建された妙心寺の塔頭です。鉄船は妙心寺四派の開山と同参(同じ師のもとで修行)ですが、法嗣を出さず諸国行脚したといわれます。

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晩年の1482年、龍安寺の中興の祖・特芳禅傑が鉄船を惜しみ、多福院を創建して住させました。龍安寺石庭の作庭者ともいわれています。(拝観はしていません。)

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北隣に地蔵尊が祀られています。「衣笠の麓に座す地蔵尊 病み患いを救わせ給へ」という奉納歌の額がかかっていました。

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退蔵院に戻り、藤棚の下で・・・時を過ごしました。

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コメント

多福院、名前がいいですね。
福がたくさんやってきそうな気がします。

投稿: munixyu | 2020年5月27日 (水) 13:40

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