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2020年5月 6日 (水)

吉田神社今宮社と三千院のシャクナゲ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

現在外出自粛中です。季節が感じられる過去の写真(記事からの抜粋)と、最後に街中を歩いて「気になったもの」を紹介します。

今頃は三千院のシャクナゲが見頃のはずですが今年は見ることができません。最初に三千院からのお知らせを載せます。「御殿門」

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拝観ご予定の皆様へ

三千院では、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、また政府・自治体からの外出自粛要請もふまえまして、拝観を一時中止することと致しました。拝観をご予定の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
拝観停止期間 令和2年4月18日より当面の間

再開日時に関しましては、事態の推移を見守りながら、追って当ホームページにてお知らせ致します。なお、祈願・回向等のお申し込みは、通常通り現金書留、お振込みにて承っております。

一日も早い新型コロナウイルスの収束と皆様のご無事を心から祈念申し上げます。
合掌 令和2年4月16日 三千院門跡

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とりあえず「三千院」の歴史について簡単に振り返ります。「客殿」から「聚碧園」

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三千院は、奈良時代の延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東堂に築いた円融房(えんにゅうぼう)に始まり、その後慈覚大師円仁に引き継がれました。 「宸殿」から 「有清園」

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平安時代の後期から、皇族が住持となる門跡寺院となりました。そして、寺地は比叡山内から近江坂本、京都市中へと移転し、寺名も円融房、梨下房、円徳院、梨下門跡、梶井門跡などど変わりました。

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明治時代になって大原の地に移り、「三千院」と名前を変えました。「往生極楽院」(重文) 平安時代(986年)恵心僧都源信が父母の菩提のために、姉の安養尼とともに建立しました。

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庭園の東には池があり、斜面に造られた「細波の滝」から水が流れ込みます。

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「朱雀門」 往生極楽院の正面にある朱塗りの門で、かって極楽院が本堂だった頃の正門にあたります。呂川沿いの道に面しています。

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有清園の南東に「わらべ地蔵」がいます。それぞれ違った顔つきですが、皆おだやかで優しい表情をしています。これらは石彫家の杉村孝氏の作品です。

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杉村孝氏は昭和12年(1937)藤枝市の石材店の三男に生まれましたが、その作品が全国的に認められたのは50歳近くになってからです。最近では、宗派を問わずたくさんのお寺にわらべ地蔵が置かれるようになりました。

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「金色不動堂」 一段高い場所に祈願道場として平成元年に建立されました。 本尊は智証大師作と伝えられる金色不動明王ですが秘仏となっています。

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更に石段を上ったところにある「観音堂」 大きな観世音菩薩像を祀っています。

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「タイツリソウ(ケマンソウ)」 鯛が釣竿にぶら下がっているような姿から名付けられ、ケマンは仏堂における荘厳具の華鬘からきているそうです。

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中根史郎氏作庭の「二十五菩薩慈眼の庭」  25の石を菩薩に見立てて補陀落浄土を再現したものだそうです。

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不動堂の横から「紫陽花苑」にいくといろいろな花が咲いています。律川にかかる橋の上から

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「大原の石仏」 鎌倉時代中期の作で、この地の念仏行者たちによって作られた阿弥陀如来像だそうです。かってこのあたりで炭焼きが行われ、その生産販売に従事する人々にちなんで、「売炭翁石仏」ともいわれています。

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傍の石の上に2体のお地蔵さんがいます。

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ここから帰りの順路はにも様々な花が咲いています。

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このあたりは水平で両側に花が咲き、気持ちの良い散策路です。八重桜がずいぶん遅くまで咲いていました。

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御殿門から参道

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ところで、吉田神社の石段横に末社「今宮社」があります。創建は建保3年(1215)以前と考えられ、吉田地域の産土神として信仰され、この地域と地域に生まれた人々を守ってきました。

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社殿は文化13年(1816)に造営され、大己貴神(おおなむちのかみ)、大山祇神(おおやまづみのかみ)、健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)を祀ります。

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気になったものは、玉垣に囲まれた境内にある「四神石」です。四神は中国の神話に登場する四つの方角を守る霊獣です。 西南を守る「白虎石」、虎といえばそのようにも見えます。

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京都に都が置かれたのは、四方が四神に相当する地形で、霊獣が守る縁起の良い地形だとされたのが理由です。東南を守る「青龍石」、蛇のようにとぐろを巻いています。

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西北を守る「玄武石」 玄武は足の長い亀に蛇が巻き付いた姿で描かれることが多いそうです。確かに亀の形の石です。

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ところが、東北を守っているはずの「朱雀石」がなく、何故か今宮社の社殿内陣にあるそうです。朱雀は翼を広げた鳳凰のような姿をしていて、どのような石なのか気になります。

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最後に、今宮社では毎年10月の第2日曜日に神幸祭が行われその前日祭の写真です。

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拝殿には翌日の神幸祭で巡行する神輿が載っています。手前の剣鉾は、神輿渡御の先導を務め悪霊を鎮める京都特有の祭具です。御霊信仰と結びついて用いられますが、起源はさらに古いと考えられています。

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吉田今宮太鼓は1981年に吉田児童館夏祭りの盆踊りで演奏を披露したのが始まりです。吉田地域以外でも活動していて、京都マラソンなどでも演奏を披露しているそうです。

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氏子地域には京都大学が含まれ、毎年大学と生協が神輿の担ぎ手の学生を募集しています。

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京都大学の時計台前、吉田今宮祭の巡行は最初にここに立ち寄ります。

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コメント

若葉のいい時期になりますよね。
コロナ禍で大変な時も、
季節はどんどん進み、
なんか不思議な感じですよね。
緊急事態宣言は延長されましたが、
とにかく一日も早い終息を祈るばかりです。

投稿: munixyu | 2020年5月 6日 (水) 16:41

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