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2020年3月21日 (土)

北白川圓光寺

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

少し前ですが、北白川幼稚園(丸山)から下りて、丸山と瓜生山との谷筋の道を遡りました。その突き当りの左に寺院があります。

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「圓光寺」(円光寺) 真宗大谷派の寺院で、東本願寺の末寺です。お寺らしくない建物で拝観寺院ではありませんが、ご住職は積極的な活動を行っています。 

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一乗寺にある圓光寺とよく間違えられるようで、寺への脇道の前に張り紙があります。

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圓光寺は江戸後期から明治時代の僧・樋口龍温(りゅうおん、竜温)が自坊としたことで知られます。現在、その子孫の樋口浩史さんが住職を務めています。左の建物は庫裏のようです。

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圓光寺は京都市内で何回か移転をしたようですが、詳しい変遷は分かりません。

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御幸町松原下ルにあったとき元治元年(1864)の禁門の変で寺は焼失、七条東中筋正面下ルに移り、その後ここ(北白川)に落ち着きました。

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毎月第2土曜日には「トークカフェ圓光寺」が行われ、テーマを決めて参加者の方々とのゆるい座談や、写経や時々の行事も行われます。参加料100円で途中入退場自由だそうです。

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また、本堂では「テラの音圓光寺」として、様々なコンサートが開催されます(不定期)。中央の石段の横にちょっとした庭があります。

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さらに、ご住職は環境保全など様々な活動をしているようです。石灯籠の上にあるのは木の実ではなく提灯でした。

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ところで、2017年9月圓光寺で漢文の聖書が見つかったというニュースがありました。 ご住職が納屋の古い長持ちの中から発見、しっかり箱に入り丁寧に布に包まれ、虫食いなどがまったくない非常に良い保存状態だったそうです。

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聖書は、樋口龍温が慶応元年(1865)に江戸で入手・研究したとみられています。旧約、新約聖書計4冊からなり、上海と香港で出版された世界でもわずかしか現存しない「代表訳本」と分かりました。

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上の建物を入っていませんが、その向うにお堂(おそらく祖師堂か位牌堂)があります。下はご住職のFacebookからの引用です(クリックしないでください)。他にも同じFacebookからの引用があります。

樋口龍温がなぜキリスト教の研究をしたのでしょうか? 中央の石段を下りて、右の石段を上ります。

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本堂の建物に小さいながら梵鐘がつるされています。鐘の内側にコードにつながった機械があって、遠隔操作で撞けるようになっているのだと思われます。樋口龍温はなぜキリスト教の研究をしたのでしょうか?  

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樋口龍温(1800-1885)は東本願寺の高倉学寮で徳竜にまなび、近江園城寺、智積院などに遊学した後、この圓光寺の住職となりました。号は香山院といい、「愚禿鈔(ぐとくしょう)講義」など多数の著書があります。

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東本願寺は寛文5年(1665)東本願寺境内に「学寮」を創設、目的は寺院子弟の教育だったといわれています(後に枳殻邸敷地内に移転)。宝暦5年(1755)高倉通魚棚に移り「高倉学寮」して諸制度が整備されました。

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本堂内陣には釈迦如来が祀られ、その正面の三角の布地・打敷(うちしき)は、釈迦が説法する時の敷物に由来するそうです。裏側に万延元年(1860)とあり、御幸町松原下にあったときに寄進されたものです。

慶応4年(1868)に、キリスト教研究の目的で「護法場」が学寮内に設置され、樋口龍温はその講師(教授)を務めました。維新期には仏教無用論が吹き荒れ、仏教界では、国粋主義にもとづいた反キリスト教、護法論が主流で、儒教とも協調しました。

一方、樋口龍温は本格的な研究を通じて、キリスト教と浄土真宗との相違を鮮明化させ、自宗の立ち位置を確立しようと試みた一人でした。また、はやくから天主教(カトリック)と耶蘇教(プロテスタント)の教義を区別していました。

護法場と高倉学寮は合併して「貫練場」となり、 いくつかの変遷や改革を経て大正11年(1922)現在の「大谷大学」となりました。ご住職は大谷大学の出身だそうです。

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コメント

お寺らしくないお寺ですよね。
でも、自然に埋もれている、いいお寺だと思います。
今から、いい時期ですよね。

投稿: munixyu | 2020年3月21日 (土) 13:50

りせさん、ほぼ半世紀ぶりに圓光寺との
ご対面が叶いました。
うわぁ、です。

投稿: 8mama | 2020年3月22日 (日) 10:54

★8mamaさん こんばんは♪
お返事が遅くなりすみませんでした。外観はお寺らしくない圓光寺ですが、地元の方には親しまれているようですね。

投稿: りせ | 2020年4月 3日 (金) 00:24

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