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2020年3月 4日 (水)

染殿院と冠者殿社

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

新京極通の四条通手前に染殿院があります。「染殿院」は時宗四条派大本山金蓮寺(こんれんじ)の塔頭です。上の写真の右の石標には「時宗開祖・一遍上人 念佛賦算遺跡」とあります。賦算(ふさん)とは、時宗において「念仏札」を配ることだそうです。

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染殿院は、平安時代の初め(808年)空海が創建したといわれています。空海がここで「十住心論(じゅうじゅうしんろん)」という書物を書いたので、「十住心院」と呼ばれていました。

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それから間もなくして、この寺は「染殿院」と呼ばれ子授け・安産のご利益があると信じられるようになります。以下のような出来事があったからです。(本堂の前まで石仏が並んでいます。)

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文徳天皇皇后・藤原明子(829-900)は美貌の女性でしたが子供ができず、この地蔵尊に祈願したところ、皇子を懐妊しました。

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明子は「染殿」と呼ばれる邸宅に住んでいたので、染殿后(そめどののきさき)と呼ばれていました。祈願した地蔵は染殿地蔵尊と呼ばれるようになり、現在でも本堂(右手)に祀られています。

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染殿地蔵尊は空海作ともいわれ、高さが2m以上もある木彫裸形立像のお地蔵さんです。秘仏となっていて、50年に一度しか開帳しないそうです。「本堂」

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明子が産んだ皇子は後に清和天皇となり、父藤原良房は摂政となって藤原氏の摂関政治が始まりました。その子孫は清和源氏と呼ばれ、源頼朝や足利尊氏など有力な武士を輩出しました。

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鎌倉時代の1284年、時宗の開祖・一遍上人は染殿院に滞在、都の各地で踊り念仏を広めました。1311年に住持・真観は、後伏見天皇の女御・広義門院藤原寧子の安産をもたらし、この地を贈られて金蓮寺四条道場と改め、染殿院もその一院になりました。

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南北朝時代になると、足利尊氏や有力武将から土地が寄進され、足利氏の祈願所となり幕府に加護されました。江戸時代に、天明の大火(1788年)と蛤御門の変(1864年)で焼失しましたが、その後仮堂が建てられ現在に至ります。

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昭和3年(1928)金蓮寺が北区鷹峯に移転したとき、染殿院だけがこの地に残されました。

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染殿地蔵尊には不思議な話が伝わっています。夢窓疎石が苔寺を作庭した際に、大石が重くて動きませんでした。そこに一人の僧が忽然と現れ、一人で大石を動かして、夢窓疎石は思い通りに庭を造ることができました。

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喜んだ夢窓疎石は袈裟を持っていなかった僧に自ら着ていた袈裟を贈りました。僧は袈裟を受け取り、持っていた錫杖を地に立てたまま消えたといいます。

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後日疎石がこの辺を托鉢しているとき、見かけたお堂で染殿地蔵尊を拝みました。すると、先の僧に送った袈裟が地蔵の肩にかかり、手に錫杖を持っていなかったので、先の僧はこの地蔵の化身であると知りました。

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南(河原町通)の出入り口は、甘栗和菓子で有名な林万昌堂四条本店の中を通ります。右端にある石標の左面には「左 京極近道」とあります。

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この日は、以前から気になっていた四条通を挟んだ向かいにある社(やしろ)を見に行きました。正面は八坂神社の四条御旅所(西御殿)で、その西(右)の鳥居の奥に冠者殿社(かんじゃでんしゃ)があります。

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八坂神社の御旅所は古くは大政所御旅所と少将井御旅所の2ヶ所ありましたが、天正19年(1591)豊臣秀吉の命により四条京極一ヶ所に移転しました。「四条御旅所・西御殿」

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「冠者殿社」は八坂神社の境外摂社で、もとは四条高辻の大政所御旅所にあり、その移転とともに現在地に遷されました。祭神の素戔嗚尊が起請文の始祖神であるところから、古来より「誓文」を重んじてきた商人に信仰され、

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同様に「恋文」の神様として女性にも信仰されてきました。10月20日の祭礼日には昔から京阪神の商人が参拝、日頃の商い上での罪を祓いご加護を願い、「誓文払い」と称して奉仕販売を行ってきました。

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この「誓文払い」が、全国各地の商家、商店街に伝わり、現在の「大売出し」が生まれたといわれています。下は、過去の写真です。

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「四条センター(Otabi Kyoto)」  昭和36年(1961)八坂神社四条御旅所内に造られました。京都を代表する有名老舗、京工芸品9店と食品15店舗が入っています。祇園祭の期間(7月11-26日)は定休日となっています。

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こちらが八坂神社御旅所の本殿のようで、神幸祭では八坂神社を出発した3基の神輿に乗った八坂神社の祭神が奉安されます。神幸祭・還幸祭では神職が中から神輿や担ぎ手を清めます。

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今年も例年通り祇園祭が開催されることを願っています。

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コメント

秘仏というのは、あまり聞かないですが、
50年に一度しか開帳しないということは、
ほとんど、一生に一度しか見れないわけで、見逃してしまうと、
大後悔でしょうね。

投稿: munixyu | 2020年3月 4日 (水) 14:49

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