« 換骨堂 元真如堂から尼寺へ | トップページ | 本満寺の枝垂桜(山中鹿之介と信長・秀吉) »

2020年3月23日 (月)

日吉神社 真如堂の鎮守社から村の氏神へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Joc_4022a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の換骨堂の隣に日吉神社があります。日吉神社は真如堂の東にあり、真如堂の鎮守社、この地域の地主の神として信仰されてきました。鳥居の横の猿像、比叡山の方を眺めています。

Joc_4020a

日吉神社の創建の経緯を紹介するため、昨日の記事と少し重複しますが、真如堂の歴史を振り返ります。(正面は社務所、左は駐車場になっていて、換骨堂のスペースもあります。)

Joc_4200a

この地には、今から九百数十年前の平安時代、東三條院の宮の御所「女院離宮」がありました。東三条院は摂政関白・藤原兼家の次女の藤原詮子(ふじわらのせんし)の院号で、円融天皇の女御、一条天皇の母となった女性です。

Joc_4204a

東三條院の請願によって、比叡山延暦寺の戒算(かいさん)上人が、常行堂に安置されていた阿弥陀如来像を女院離宮に移して、真如堂が創建されました。 後に離宮全体が寺院に改められました。拝殿は一段高い場所にあります。 

Joc_4214a

鎌倉時代には、比叡山の守護神・日吉神を山王権現としてこの地に祀ったのが日吉神社の始まりとされます。猿は日吉神、山王権現の使いと考えられてきました。(狛犬の台座には菊の御紋があります。)

Joc_4220a

真如堂は応仁の乱で荒廃し京都市内の各地を転々としましたが、この神社は永くこの地にとどまり、吉田家とも共同して祭事を維持してきました。

Joc_4218a

吉田家は公家で、吉田神道を開創し吉田神社の神職を務めてきた家系です。吉田家は朝廷でも独特の役割を担い、朝廷の代理として天下統一を目指す信長との協議を行ったことでも知られます。

Joc_4227a

9代の兼見は織田信長の推挙により堂上家の家格を獲得、近衛前久に家礼として仕え、明智光秀とも深い親交がありました。江戸時代の「諸社禰宜神主法度」により、吉田家は全国の神社、神職を統括する最高の地位になりました。

Joc_4281a

真如堂が他に移転した後、日吉神社は真如堂村、浄土寺村の氏神として祀られ、日吉神は魔除けの神、「日吉の摩去る」「魔猿(まさる)」として信仰を集めてきました。

Joc_4233a

さらに、「まさる」には色々な意味があることから、「勝」勝負の神、「大」子育ての守り神、「優」学問成就の神、「将」立身出世の神、「昌」子孫繁昌を願う神、でもあるのだそうです。「本殿」

Joc_4240a

絵馬と並んで神猿のお札が架かっています。

Joc_4269a

本殿の右には「稲荷社」があり、稲荷大明神が祀られています。

Joc_4242a

本殿の前に、狛猿が控えています。向かって右の口を開いている「阿形」は長寿の桃の実を持つ「長寿猿」。

Joc_4237a

左の口を閉じている 「吽形」 可愛い子猿を抱く「子守猿」です。

Joc_4235a

江戸時代の元禄6年(1693)に真如堂が東の現在地に再興されると、日吉神社は再び真如堂の鎮守社の役割も担いました。

Joc_4265a

明治元年の神仏分離令(1868)の後、日吉神社は真如堂や隣の換骨堂(元真如堂)から分離されて単独の神社となりました。

Joc_4252a

ところで、神仏分離令後に吹き荒れた廃仏毀釈の中でも、神殿には神仏習合時代の神像が秘蔵されていたといわれてきました。1971年の調査により、その神像が明らかになりました。比叡山が見えます。

Joc_4295a

神像は極彩色の桧一木造で、比叡の山王大権現を代表して十禅師大明神と吉田神道で祀られている天之子八根命(あまのこやねのみこと)を重ね合わせた珍しい本地仏の 「地蔵菩薩立像」でした。 正面は大文字山。

Joc_4314a

天之子八根命は天照大神が天岩戸に隠れたときや高天原から降りた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)のために大きな功績をたてた神で、宰相の始祖、藤原氏の氏神でもあります。二の鳥居の前の花壇

Joc_4321a

本殿の灯籠の上に可愛い金の子猿がいました。

Joc_4249a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Joc_4197a

|

« 換骨堂 元真如堂から尼寺へ | トップページ | 本満寺の枝垂桜(山中鹿之介と信長・秀吉) »

コメント

本殿の灯籠の上に可愛い金の子猿。
こういう、小さな発見って嬉しいですよね。
一番下は、ラッパ水仙でしょうか。
これもまた、小さな春でいいものですよね。

投稿: munixyu | 2020年3月23日 (月) 16:54

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 換骨堂 元真如堂から尼寺へ | トップページ | 本満寺の枝垂桜(山中鹿之介と信長・秀吉) »