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2020年3月 5日 (木)

北野天満宮 史跡と石碑を訪ねて

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日は北野天満宮の本殿や摂社、梅苑を記事にしましたが、今日はもう一つの見どころ、史跡や石碑などを紹介します。

「一ノ鳥居」 1922年に北野天満宮皆燈講により寄進された高さ11mの石鳥居。木曽の山中から運ばれた石により南神苑に建てられ、1966年に西陣警察署(現上京警察署)の移転のため、現在地に移設されました。

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「北野大茶湯之址」 天正15年(1587)九州平定を終えた豊臣秀吉は、朝廷や民衆に権威を示すために、北野の森で大規模な茶会を開き、自らの茶道具を公開、町人、百姓を問わず招待するとのお触れを出しました。

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茶道具がない物は代りの器だけ持参すればよく、遠国からの者に配慮して10日間開催することにしました。こうした配慮にも関わらず参加しない者は、今後茶湯を行ってはならないとも書かれていたそうです。「太閤井」は当時の井戸跡とされます。

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しかし、茶会は2日目以降は中止されました。初日の夕方に肥後国人一揆発生の知らせが入ったからという説が通説です。一方で、一日で満足したという説や、思ったほど民衆が集まらずこのまま続けて企画の失敗が明らかになるのを避けたという説もあります。

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「松向軒(しょうこうけん)」 北野大茶湯の際に、細川三斎(細川忠興)が建てた茶室を復元したもので、茶の水を汲んだといわれる井戸があります。

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「東向観音寺」 真言宗泉涌寺派の準別格本山で、創建は北野天満宮より古く平安時代初期です。後に北野天満宮の神宮寺(神社を管理する寺)となり奥之院とも呼ばれました。

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「筆塚」 江戸時代後期の1834年小野英棟という商人が建立。菅原道真が手習い(習字)の神として信仰されたので,各地の天満宮に使い古した筆を埋めて供養する筆塚が建てられた一つだそうです。

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絵馬殿の裏、梅苑の受付所の横にある砲弾型の石 説明はありませんが、おそらく第二次大戦以前の戦勝記念あるいは祈願のために奉納されたものと思われます。(いくつかの神社に同様のものがあります。)

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「織部形石燈篭」 古田織部は信長、秀吉に仕えた大名で、利休七哲に数えらる茶人でもありました。その斬新な発想は「織部好み」と呼ばれ、キリシタン(マリア)灯籠は、織部の墓にもあるのでこの名で呼ばれます。

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「昭憲皇太后御献進紅梅」 慶応3年(1868)明治天皇皇后として御入内される際に、幼少の頃から崇敬していた当社に紅梅を寄進しました。その梅の寿命が尽きたので、京都御所から拝受して「世継の梅」として守られています。

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本殿の東にある「和魂漢才の碑」 道真は自国の歴史と文化に誇りを持ち、他国の文化も受けいれる寛容さが特徴で、その精神を表す言葉とされます。揮毫したのは菅原家の後裔で江戸時代後期の公家・東坊城聰長(ひがしぼうじょうときなが)。

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境内の北東にある「明月舎」 新しいお茶室ですが、秀吉の北野大茶湯にちなんで毎月1日と15日に献茶会が催され、茶道の各家元が輪番で亭主を務めます。

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新型肺炎のため、3月の茶会は中止となりました。北門を出たところに二つの大きな石碑があります。

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「西陣名技碑」 五世伊達弥助(1838-92)は西陣織の美術織物の発展に力を注ぎ、名工として知られます。彼をたたえ、西陣の新時代へ向けた努力を後世に伝えようとしたものだそうです。 

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「松永伍作氏顕彰碑」 明治時代の蚕業教育家で、明治32年衣笠に京都蚕業講習所が設置されるとその所長に就任、京都で没しました。松永の功績を顕彰するために蚕業関係者が建立しました。

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本殿の西にある「手向山の楓樹」 道真は昌泰元年(898)に宇多上皇に従って手向山八幡宮(奈良県)に参拝しました。その史実から、江戸時代中期に同八幡宮から北野天満宮に楓の苗木が奉納されました。

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「史跡 御土居の紅葉」 御土居は天正19年(1591)豊臣秀吉が、京都の都市改造の一環として外敵の来襲に備え、鴨川の氾濫から市街を守るために周囲約23キロにわたり築いた土塁です。

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現存する9カ所の御土居が史跡に指定されていて、特に北野天満宮境内は保存状態がよく「切石組暗渠」が残存するなど重要な遺跡になっています。ここは紙屋川(天神川)の堤防でもあります。

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「梅交軒」 茶室で、紅葉シーズンには濃茶席が設けられます。前の舞台や茶室からの紅葉の眺めは絶景だそうです。

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2005年に書家・日比野光鳳氏が寄贈した菅原道真の歌碑があります。「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」 宇多上皇の吉野への行幸に付き添ったときの歌です。

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石段(コンクリート?)に動物の足跡があります。向うは北野天満宮の神紋「星梅鉢」になっていて、職人さんの遊び心かも知れません。

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梅苑の中にもいくつか石碑があるのですが、それらの由来はまだ分かりません。

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3月7日に行われる予定だった「曲水の宴」は、新型肺炎拡大防止のため中止となりました。

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コメント

新型肺炎の影響は、
茶会や宴にまで出てきているのですね。
京都は、大打撃ですね。
とにかく、早く収束して欲しいと願うばかりです。

投稿: munixyu | 2020年3月 6日 (金) 12:18

★munixyuさん こんばんは♪
中国が団体旅行を禁止するまで、京都は毎日中国からの旅行者で混雑していました。それなのに京都府の感染者が数人のわけはない!と人々は疑っています。

投稿: りせ | 2020年3月 9日 (月) 00:09

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