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2020年2月14日 (金)

聞名寺 明眼地蔵と香川景樹

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事の妙伝寺の南に聞名寺があります。「聞名(もんみょう)寺」は、山号を小松院という時宗遊行派の寺院で、「明眼(めいげん)地蔵」という眼病にご利益ある地蔵尊が祀られていることでも知られています

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平安時代、時康(ときやす、830-887)親王が眼病を患い、加茂の明神で平癒祈願を行いました。(山門を入った右に奉納された小さな石仏が並んでいます。)

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17日目の満願の夜、夢中に老翁が現れ、地蔵菩薩を彫って守護仏とせよと告げたといいます。親王は慈覚大師円仁に造仏させたところ眼が回復、後に即位して光孝天皇となったと伝えられています。

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その地蔵尊は、室町大炊御門(おおいみかど)大路にあった光孝天皇の小松殿に安置されました。(現在は山門を入って右手の地蔵堂に祀られています。)

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以来、この地蔵尊は眼病平癒の霊験があるとして「明眼(あけめ)地蔵」と呼ばれ信仰を集めてきました。明眼地蔵は洛陽第十七番地蔵尊で、毎月24日に開帳されます。(御前立)

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887年に光孝天皇が亡くなると、その遺志によって小松殿は小松寺に改められました。当初は天台宗の寺院でした。

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鎌倉時代中期の1279年、時宗の宗祖・一遍上人が小松寺を中興して小松院聞名寺という時宗道場としました。大炊道場とも呼ばれ、本尊に地蔵尊が祀られたといわれています。

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上の写真の左の七重石塔は「光孝天皇塔」と呼ばれています。石塔の軸部は室町時代の作といわれ、初層に四面仏が彫られています。

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安土桃山時代に豊臣秀吉の都市改造により京極夷川に移されましたが、江戸時代の1708年に宝永の大火によって焼失してしまいました。

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その後、現在地に移転して時宗・金光寺の院代寺院になり、一時は塔頭5、末寺2を数えるほど興隆したといわれます。(ロウバイの甘い香りが漂っていました。)

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院代寺院とは本寺を補佐し、諸種の法務を行う寺院です。本堂には、現在の本尊・阿弥陀如来坐像を祀っています。

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金光寺はかつて七条東洞院にあり遊行派の京都の拠点でしたが、明治時代に東山の長楽寺に吸収され、聞名寺は独立した寺院となりました。(庫裏)

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本堂の裏に墓地があります。

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入口を入った右手に沢山の石仏や墓標とともに「阿弥陀石仏」が置かれています。鎌倉時代後期の作とされ、石像寺(釘抜地蔵)の石仏の写しともいわれています。

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墓地の奥に江戸時代の歌人、香川宣阿(1647-1735)、香川景樹(1768-1843)、香川景柄(1745-1821)、香川景嗣(1792-1866)など香川一族の墓があります。

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香川景樹(かげき)は鳥取藩藩士・荒井小三次の家に生まれましたが、7歳の時父が死んで一家離散しました。一番大きな墓は景嗣の子・景信(1849-1888)で大阪控訴院評定官、正六位、勲六等。

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景樹は親類の奥村定賢に預けられ、清水貞固に師事して学問、堀南湖(堀杏庵曽孫)の元で儒学を学び、15歳には百人一首の註釈を手掛けました。学者として立身を志し、26歳の時に妻の包子とともに京都に移りました。こちらが景樹の墓。

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鷹司家、西洞院時名に仕え、後に二条派の歌人・梅月堂香川景柄の養子となり、景樹と名乗りました。徳大寺家に出仕して公家の歌会にも出席するようになり、景柄と親交の深かった小沢蘆庵に強く影響され「調の説」という独自の歌論を提唱しました。

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伝統的な歌風を批判したので、江戸派や京都の冷泉家などから排斥され「大天狗」などと揶揄されました。大天狗は景樹の自信家で尊大な姿勢だけでなく、長身、面長で鼻が高い風貌を指したものでした。

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しかし、次第に門弟や支持者が増え、彼の率いる一派は桂園派と呼ばれ晩年には門弟一千を数えるまでになりました。そして明治時代に至るまで歌壇に大きな影響を与え続けました。直木賞作家の志茂田景樹の名は彼にちなんだそうです。

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最後に景樹の冬の歌を2首「浮雲は影もとどめぬ大空の風に残りて降るしぐれかな」、「初雪は夜もぞふると起きいでて山の高嶺をあさなあさな見る」

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コメント

ロウバイは綺麗に咲いて、いいですね。
明眼地蔵。
眼の神様やお地蔵さんは、多いですよね。
眼鏡のない時代は、やっぱりそれだけ大変だったということでしょうね。

投稿: munixyu | 2020年2月14日 (金) 11:50

★munixyuさん こんばんは♪
おっしゃるとおり、眼病にご利益があるとされる仏様は多いですね。

投稿: りせ | 2020年2月22日 (土) 01:09

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