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2020年1月26日 (日)

三時知恩寺(旧入江御所) 特別公開

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の光照院を出て、その南東にある三時知恩寺(さんじちおんじ)を訪れました。こちらも京の冬の旅で特別公開をしている尼門跡寺院です。最初に上の山門の両側にある二つの門をくぐります。

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南北朝時代の応永年間(1394-1428)、北朝・後光厳天皇の皇女・見子内親王は、先代の崇光天皇の御所、入江殿(上京区元真如堂町)の地を譲られました。(山門の左の門には鎮守社が祀られています。)

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開山に覚窓性仙(がくそうせいざん)尼を迎え、内親王自らは2世となり、「知恩寺」が創建されました。宮中に安置されていた宋の善導大師自作で、泉涌寺開山の俊芿(しゅんじょう)が持ち帰ったという御影像が安置されました。

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「国岡稲荷大明神」 祭神は水神の茶吉尼天で、仏教における福神稲荷ともいわれ、商売繁盛の信仰があります。

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室町時代、称光天皇皇女・了山尼公(1401-1428)が入寺、以後、六時勤行(ろくじごんぎょう、1日6回の勤行)の道場(修行場)となりました。(山門の右の門には地蔵堂があります。)

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室町時代後期(戦国時代)の後柏原天皇(在位、1500-1526)の頃、宮中での六時勤行は行い難いとして、昼間の3回、すなわち三時(みとき、晨朝・日中・日没)を当寺で行うように勅命が下りました。

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以後、勅命により寺号も三時知恩寺と改められたといわれています。

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山門には「入江御所 三時知恩寺門跡」、「華道光風未生流家元」の看板が掲げられています。

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安土桃山時代から江戸時代にかけての正親町(おうぎまち)天皇の頃、現在地へ移転、寺は摂関家・近衛家が管理していたとみられます。後西天皇皇女(閑宮家息女)は近衛家の猶子として入寺しました。

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江戸時代前期の後西天皇(1638-1685)皇女、17世・即生院の宮が入寺して以来寺は大いに栄え、1764年には「入江御所」の称号が贈られました。

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この間、 宝永の大火(1708)、天明の大火(1788)で焼失しましたが、その都度再建されました。(拝観入り口の玄関、建物中では撮影NGで、写真は京の冬の旅のガイドブックからです。)  

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本堂は天明の大火後の再建時に、大徳寺山内にあつた学問所を移築、厨子の中には阿弥陀如来像と宋から伝来したと伝わる善導大師像が安置されています(最近の解体修理の際に大仏師・大蔵卿法印造と分かったそうです)。

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書院は桃園天皇の女御・恭礼門院の御殿を賜った数寄屋風建物です。「一の間」は高貴な客人をもてなす応接間で、北山杉の丸太を用いた長押、紅殻壁と源氏物語の扇面を貼り付けた襖があります。

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「三の間」には円山応挙の「魞漁(えりりょう)図」の襖絵があります。魞漁は現在も行われている琵琶湖の伝統的漁法で、竹や葦簀(よしず)で大きな矢印形の囲いを設置して魚を誘導します。

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六曲一双の「花鳥図屏風」、狩野派の絵師・狩野永納が手掛けたもので、渓流に梅や椿、枝垂れ桜など美しい春の情景が描かれています。永納は日本絵画史上、最大の画派・狩野派一族の中でも随一の天才と謳われ、

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織田信長や豊臣秀吉に評価され、長谷川等伯や海北友松、雲谷等顔、曾我直庵ら同時代の絵師たちに影響を与えました。多くの作品は戦火によって失われ、現存している貴重な一つです。(下はポスターから)

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書院の庭は「蓬莱の庭」と呼ばれ、仙人の住む神仙島を表した枯山水です。

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御朱印を頂きました。左は参拝記念の「無量寿仏」、無量寿仏は計り知れなし寿命を持つ仏、すなわち本尊の阿弥陀如来のことです。

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右は節分にちなみ「鬼は外」と書いてあります。宝鏡寺とコラボしていて、そちらには「福は内」の御朱印があるそうです。

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コメント

ここは、さっぱりとしているといいましょうか、
空間が広く感じます。
風通しがいいのかもしれません。

投稿: munixyu | 2020年1月26日 (日) 18:23

★munixyuさん こんばんは♪
尼門跡寺院はこのような建物が多いですね。質素な暮らしをしていたのでしょう。

投稿: りせ | 2020年1月28日 (火) 00:53

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