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2020年1月12日 (日)

摩利支尊天と清拙禅師

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京都ゑびす神社を出て、斜め向かいにある禅居庵・摩利支天堂を訪れました。上は八坂通に面する南門、下は大和大路通と八坂通の交差点です。

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「禅居庵」は、武将で信濃守護の小笠原貞宗が元弘年間(1331-33)に創建した建仁寺塔頭で、建仁寺第23世・清拙正澄(せいせつしょうちょう、1274-1339)が開山として晩年を退隠しました。(この西門から入ります。)

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清拙は1274年中国元の福州に生まれ、15歳のとき出家、各地の寺で修業、住持を務めました。1326年52歳のとき鎌倉幕府執権・北条高時に迎えられて来朝、鎌倉建長寺に入り、浄智寺、円覚寺の住持を務め、

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建長寺山内に禅居庵を構えて退隠しました。しかし、1333年に後醍醐天皇の招きにより上洛し建仁寺第23代住持に着任、このとき、境内に十境を新成、浴室を修造しました。

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3年後、勅命によって南禅寺の住持となり、その間小笠原貞宗の帰依を得て信州伊那に開善寺を創建しました。老年となり死期を悟った清拙は南禅寺住持を辞して、1339年退隠先の建仁寺禅居庵で死去しました。

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清拙は、崇敬する唐僧・百丈懐海の忌日に営む「百丈忌」の法要を日本で初めて励行したことでも知られます。「小松地蔵尊」、向うは大和大路通です。

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懐海は叢林(禅僧の学校)の「百丈清規」を著しました。清規(しんぎ)とは禅宗の規則・規律のことです。(西門からの参道の途中にお堂があります。)

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清拙はくしくも百丈忌当日の正月17日に死去し、大鑑禅師と諱(おくりな)されました、享年66歳。(お堂の中には「荒熊大権現」など四つの祠があります。)

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清拙は「大鑑清規」を著し、教化された小笠原貞宗が小笠原流礼法を始めたことでも知られます。日本禅宗大鑑派の祖でもあり、わが国の禅宗に大きな足跡を残しました。「三光威徳天」

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禅居庵と摩利支天堂の堂宇は室町時代の応仁の乱(1467-1477)、1536年の天文法華の乱で焼失しました。(お堂の左に猪のおみくじが置かれています。)

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摩利支天堂は1547年織田信長の父・信秀が再建、さらに元禄、享保、安政の年に整備や大改修が行われました。明治8年に小屋組み、平成7年に屋根部分の改修が加えられ今日に至っています。

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摩利支天堂は天文年間の再建とはいえ、創建時代の禅宗様仏殿の遺構が残されており、中世様式の貴重な建造物として京都府指定文化財になっています。

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摩利支天堂には清拙が中国より請来した摩利支天(秘仏)が祀られ、境内のあちこちに狛猪を始め猪の像がありますが、猪は摩利支天の眷属(けんぞく、神の使い)です。

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日本の摩利支天像は、三面六臂の憤怒相で一面は菩薩の相、もう一面は童女の相をして猪に乗っていることが多いそうです。猪は、作物を荒らす嫌われ者ですが、その素早さが智慧の迅速さや勇敢さをあらわすと考えられたようです。

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ところで、秘仏として祀られている摩利支尊天像には逸話があります。渡来僧の清拙禅師は、漢王朝の子孫、劉氏の子として祖先より摩利支天を信仰していました。

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清拙は日本への招請を受けて出航するために港に来ました。遥かな東の海を見て、彼の国(日本)はどのような国であろうかと不安になっていました。手水舎にも猪が。

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そのとき摩利支天が猪の背に乗って現れて以下のように告げました「東の国に縁あり早く纜(ともずな)を解きなさい、我も師に随って同じ海を渡り師を守って永く跡を彼の国に留めて末世の衆生を利益し国家を鎮護せん」。

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清拙はその尊天の形を残したいと、手づから清浄な泥土で坐像を作り袈裟に包んで船に乗り込みました。(この門の先は建仁寺境内にある禅居庵山門からの通路です。)

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海路での悪風や大浪に清拙は少しも動ぜず、一心に尊天を拝み、また同船の人にも勧めて一心に聖号を唱え、無事に尊天を奉じて筑前博多に上陸しました。

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日本各地に大きな足跡を残した清拙は、この摩利支尊天をいつもそばに祀ってきました。そして、最期の地となったこの摩利支天堂に現在も秘仏として六百八十年近く祀られています。

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コメント

ここは、去年の猪の神社ですね。
おみくじが、可愛いです。
干支のおみくじシリーズは、みんな可愛くて、
割りたくても、思い切って割れないですよね。
全部飾ってしまいそうです。

投稿: munixyu | 2020年1月12日 (日) 15:37

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