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2020年1月 5日 (日)

平安神宮 初詣

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日(3日)は平安神宮の初詣に行ってきました。「平安神宮」は平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895)に遷都を行った桓武天皇を祭神として創建されました。「手水舎」

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平安神宮の社殿は、当初の平安京の正庁・朝堂院が約8分の5の規模で再現されています。下の応天門には「應天門」という扁額がかかっていますが、それにはいわくがあります。

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平安京の応天門の扁額を書いたのは弘法大師・空海でした。扁額が応天門に掛けられた後、空海はその「應」の字の1番上の点を書き忘れたことに気付きました。「弘法にも筆の誤り」の語源になりました。

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空海は、下から筆を投げて見事に点を付け加えたと伝えられています。現在の扁額は福岡県大宰府の宮小路康文氏で、氏は空海の書法を極めた名筆家として知られ、高野山で1週間沐浴潔斎をしてから京都に入ったそうです。

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明治時代初期の京都の衰退ぶりは目を覆うものがありました。幕末の戦乱で市街地は荒廃し、首都が東京へ遷ったことで、人口が減少・経済が沈滞し、人々の心も大きな打撃を受けました。

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そのような京都を復興させるため、琵琶湖疏水を始めとする近代化事業と、古き良き時代の京都の伝統産業や文化の再興に力が注がれました。(正月も3日にもなると混雑がおさまっていました。)

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平安神宮はそのような京都復興のシンボルでもあり、毎年初詣に出かけることにしています。白虎の手水台 平安京は四神相応の思想に基づいて築かれ、四つの方角のうち西を守るのが白虎です。

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平安神宮の社殿も左右対称に造られ、左手(西)にある「額殿」(国登録文化財)では甘茶の接待(有料)をしていました。

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額殿の前にはお札・お守りの授与所、その右(北)にはおみくじの授与所があります。この右奥に石碑があります。

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「天皇陛下御在位六十年記念碑」 昭和天皇の和歌「遠つおやのしろしめしたる大和路の歴史をしのびけふも旅ゆく」が刻まれています。昭和という年号が長く続いたことを記念した歌だそうです。

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皇紀2600年にあたる昭和15年(1940)には、平安京最後の天皇・孝明天皇のご神霊が合祀されました。(記念碑の横はおみくじ結び所になっています。)

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「白虎楼」(重文)の前(右)にあるみくじ筒を振って、出てきたおみくじの棒の番号を覚えておいて、左の授与所でその番号のおみくじを頂きます。

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白虎楼の前にもおみくじ結び所がありました。右に見える回廊の途中に「神苑」の入口があります。

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昭和15年の孝明天皇合祀にあたり、本殿、祝詞殿、内拝殿、翼舎、神楽殿、額殿、内外歩廊斎館、社務所などが増改築され、それまでの社殿も大修理が行われました。(右近の橘、冬には囲いがしてあります。)

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大極殿(重文) もととなった朝堂院の正殿は、即位、朝賀をはじめ国の主要な儀式が行われる中枢でした。最近は中央から入ってお詣りをして、東あるいは西の階段から出るようになっているようです。

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大極殿の中に内拝殿があり、その奥に本殿があります。内拝殿と本殿は昭和51年(1976)に過激派テロで焼失、昭和54年に再建されました。本殿はそれまでの2棟を1棟とし、その前に祝詞殿が設けられました。

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応天門の方を振り返って、手前は「龍尾壇」(重文)で朝堂院において、北の大極殿と南の朝堂との境に設けられた東西方向の壇上の施設。左右、両端の四ヶ所に3段の石段が設けられています。

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ところで、四神相応とは中国などで重要とされた風水で好適地とされる地勢や地相のことで、この条件を満たす土地に住むと長く繁栄すると考えられてきました。「左近の桜」、その向こうに絵馬を架けるところがあります。

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北の背後に高い山、東に清い流れ、南に広く開けた湿地帯、西に大きな道が続く土地がよいと考えられてきました。(ここにある絵馬は何も描かれていないシンプルなものです。)

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平安京では、北が船岡山、東が鴨川、南が巨椋(おぐら)池、西が山陰道と見なすのが有力だそうです。(大極殿の左右にはおみくじ結び木があります。)

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東西南北の方角を、青龍、白虎、朱雀、玄武という四神獣が守ると考えられてきました。(建物は左右対称ですが、東の回廊の途中に祈祷の受付と入口があります。左のテントは待機場所です。)

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境内には朱雀と玄武が見当たりませんが、四神相応をもとにした「五社めぐり」が行われています。(青龍楼の前にもおみくじ結び所)

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先ほど見た額殿と対称の位置にある「神楽殿」(国登録文化財)、二つの社殿は、朝政のために参集してきた官人が刻限まで待機する建物・朝集堂を模しています。現在の神楽殿は結婚式場になっています。

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五社とは、平安神宮を中心に、北・上賀茂神社、西・松尾大社、南・城南宮、東・八坂神社です。(応天門の東にある御朱印所、長い列ができています。右は青龍の手水台。)

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特に順番はなく、最初の神社で四神のイラストが描かれた「四神色紙」を購入、全ての御朱印を集めると最後の神社で五社の御神紋が入った「満願記念品しおり」が授与されるそうです。

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2年前、応天門の西に商業施設「十二十二(とにとに)」ができました。名称は平安神宮の祭礼・時代祭の開催日・10月22日にちなんだそうです。

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コメント

3日なのに、まだまだ平安神宮は人が多いのですね。
こういう人の多いところは、賽銭も多いというか、
銀行の数える人も大変でしょうね。

投稿: munixyu | 2020年1月 5日 (日) 12:10

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