« ブログの10大ニュース2019 | トップページ | 初詣 上賀茂神社 »

2020年1月 1日 (水)

大豊神社の四季 新年おめでとうございます

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jmq_4937ax
※写真は全てクリックで拡大します。

明けましておめでとうございます。今日の記事は今年の干支にちなんで大豊神社です。私の好きな神社で何度も訪れているので、四季の写真を並べました。上は拝殿。

「大豊神社」は、平安時代前期の仁和3年(887)宇多天皇の病気平癒祈願のために、藤原淑子(しゅくし)が勅命を受けて、椿ヶ峰に祠を建てて医薬の神・少彦名命(すくなひこなのみこと)を奉祀したのが始まりとされます。

Jmq_4876ax

椿ヶ峰は東山三十六峰の一つで景勝地とされ、淑子の山荘がありました。その後、平安時代中期の寛仁年間(1017-1021)に祠は麓のこの地に移されました。椿ヶ峰からの湧水が左にある手水舎に流れています。

Jmq_4885ax

藤原淑子は、平安時代前期の承和5年(838)藤原長良の娘として生まれ、右大臣藤原氏宗の後妻となり宮廷に女官として出仕していました。藤原基経(もとつね)が初めて関白となり藤原氏が権勢を誇っていた時代でした。

Jmq_4892ax

本殿は一段高い場所にあり、三の鳥居の左には枝垂桜が、右には枝垂梅があります。二つが同時に満開なのは珍しいといわれています。

Jmr_3306ax

872年夫の氏宗が亡くなり、淑子は寡婦となりますが、その後も宮廷に留まり正三位まで昇りました。そして、時康親王(後の光孝天皇)の第七王子・定省親王(後の宇多天皇)を猶子(養子)としました。

Jmr_3404ax

時康親王は16歳で元服して親王となってから、親王が就任する慣例となっている官職のほぼすべてを歴任して親王の筆頭となったときには既に53歳になっていました。本殿の右にある末社「大国社」は、

Jmr_3351ax

大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀ります。古事記の神話で大国主命が野火に囲まれたときに窮地から救ったとされるネズミが「狛鼠」となって社を護っています。

Jmr_3345ax

水の器を抱えた左の狛鼠は、豊作、薬効、安産、健康回復などを、巻物を抱えた右の狛鼠は学問成就を表しているそうです。この地は椿の群生地で、あちこちに花びらが飾られれいます。

Jmr_3347ax

藤原基経によって陽成天皇が廃位されたのち、884年に光孝天皇が即位し、淑子は尚侍(ないしのかみ)に任じられました。尚侍とは、天皇の側に仕え臣下が天皇に提出する文書を取り次いだり、天皇の命令を臣下に伝える、秘書のような役職です。

Jmr_3359ax  

隣の商売繁盛の神「美田稲荷社」の狛狐にも椿の花が。

Jmr_3360ax

光孝天皇は、基経が陽成天皇の弟で甥でもある貞保親王にいつか天皇を継がすであろうと考え、即位と同時に自らの子女すべてを臣籍降下(皇族から離脱)させ、子孫に皇位を伝えない意向を表明しました。

Jmt_9455ax

しかし、基経は妹の高子と仲が悪く、その子・貞保親王を避けて次の天皇の候補者が決まりません。そのうち、光孝天皇は重病となり887年子の源定省を親王にもどし、翌日立太子(皇位継承の第一位)させ、同日58歳で亡くなりました。拝殿の横に絵馬舎。

Jnm_4346ax

その日、定省親王が皇位を継ぎ宇多天皇となりました。光孝天皇と宇多天皇の即位は淑子の力によるところが大きく、基経を説得したといわれています。(毎年5月のゴールデンウィークに氏子祭が行われます。)

Ams_9865ax

剣鉾が神輿を先導し、南禅寺や永観堂を訪れます。大豊神社はこれらの地域の産土神・氏神です。剣鉾は、古代の祭りで悪霊を鎮める祭具で、京都の周辺地域に残っています。

Ams_9890ax

その年、淑子は従一位に昇りました。女性に与えられる最高位で、関白でさえ多くが従一位あるいは正一位でした。本殿には祭神として、少彦名命(医薬祖神)、および、後に応神天皇(勝運の神)と菅原道真(学問の神)が祀られました。

Jmt_9558ax

本殿の左の末社のうち左の「愛宕社」の狛鳶は、愛宕山を空から守る鳶にちなみ、右の「日吉社」の狛猿は、延暦寺の守護神で山を守る猿にちなんでいます。

Jmt_9537ax

淑子は、889年亡夫氏宗の菩提を弔うため。椿ヶ峰の西麓に円成寺を建立しました。2012年に翌年の干支にちなんだ「狛へび」が本殿の左に置かれました。座禅を組んで黙想にふけるようにとぐろを巻いた黒い石の彫刻です。

Jmt_9531ax

円成寺はこの近くにあったと考えられ、大豊神社は円成寺の鎮守社でもありました。淑子は宇多天皇の養母を務めたため年給を賜ったといいます。

Jmt_9552ax

藤原淑子は906年に享年69歳で亡くなり、その後正一位を贈られました。杉本苑子の小説『山河寂寥 ある女官の生涯』は淑子の生涯を描いたものです。

Image081206d

鼠が社を護るのは全国的に珍しいそうで、大豊神社は狛ねずみの社として知られています。

Image081206a

12年に一度の子年の正月には、干支のネズミにあやかり大勢の参拝客が訪れます。暮れ(12月29日)に訪れたときには本殿の石段の前にテントが張られ、おそらく参拝は左右の石段を通る一方通行になると思われます。

Image081208b

12年前には哲学の道まで参拝客の行列が続いたそうです。私が訪れた時には大絵馬は見当たらず、哲学の道の大豊橋脇の灯籠に、比較的大きな絵馬がありました。

Joa_8411a

御朱印は何種類かあり、下は大国社のもの。本殿(大豊神社)の御朱印には、「宇多天皇御悩平癒祈願 贈一位尚侍 藤原淑子勅命を奉ず」と書かれ、上で述べた歴史を簡潔に表しています。

Img_20191231_0001a

正月の大混雑を避けて、前もって暮れにお守りや御朱印をいただきに来る人も大勢見かけました。

Joa_8390a

今年もブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnm_4354ax

|

« ブログの10大ニュース2019 | トップページ | 初詣 上賀茂神社 »

コメント

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

大豊神社。
今年は鼠年なので、ここは人気でしょうね。
狛犬ならず、狛鼠の耳の花が可愛いです。

投稿: munixyu | 2020年1月 1日 (水) 17:30

★munixyuさん こんばんは♪
あけましておめでとうございます。旧年中は毎日のようにコメントありがとうございます。コンスタントにお返事ができずすみませんでした。
今年はmunixyuさんにとってよい年となりますようにお祈りしています。

投稿: りせ | 2020年1月 2日 (木) 01:56

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ブログの10大ニュース2019 | トップページ | 初詣 上賀茂神社 »